2006年05月31日
W杯ってバラエティだっけ?:
今朝の日刊スポーツのトップ記事を見て、
少し古い表現を使うと、私の目はテンになってしまった。
(私が見たのは、駅売りとは違う宅配の7版である)
驚いたことに、ベートーベンの銅像写真がでかでかと載っていたのである。
なぜ、日刊スポーツにあの楽聖が載っているのか?
旧ドイツの首都だったボンの中心地・ミュンスター広場に立つ、楽聖ベートーベン像に、
ジーコジャパンのサムライ・ブルーのユニフォームを着せ、
日本代表チームのサポーターになってもらうという計画が浮上したというのである。
バラエティ感覚
記事によると、日本協会関係者は、
「オーストラリア戦の直前に着せられるよう準備しています」
と明かしたそうだ。
この関係者って誰やねん。
すでにボン市へも打診しており、
「それは面白いアイデア」だと賛同を得ているともいう。
マジかよぉ・・・
問題はある。
①ベートーベン像は身長2.5メートル、
台座を入れると約5メートルとなり、
これにフィットするユニフォームをそろえることができるのかどうか。
知らんがな・・・
②こういうアイデアは、地元ボンだけでなく、
ドイツ、さらにベートーベンを愛する世界中の音楽愛好家の感情を考慮しなければならない。
②の問題については、ボン市民の間でも、反応は分かれている。
どこの世界にも面白がる人がいて賛成し、コンサーバティブは反対する。
「世界一小さい新聞」としては、そういうバラエティまがいのことはやめてほしい。
日本人のバラエティ感覚や、パブリックビューの際の感覚は、
日本人以外の国民にいびつに思われ、理解されないことが多い。
ドイツ国民が、ベートーベンにドイツのユニフォームを着せるというのならまだわかる。
よその国に行って、日本のユニフォームを着せるのはなんとも厚かましいし、失礼ではないか。
おそらくクラシック音楽とは無縁あるいはその歴史にうとい人の発案なのであろうが、
こういうバラエティ感覚のイベントをすることはリスクが高すぎる。
ベートーベンとジーコジャパンと何の関係があるのか、
その根本のところで、説明責任(acountability)を果たせない。
鯉のぼりも海外に行けば
ノンフィクション作家の岩瀬達哉さんが週刊ポストで連載した
「灰色の聖火・第3回」という記事(06年3月17日号)にこんな記述がある。
英国バーミンガムでのIOC総会において、
1991年6月15日、長野が98年冬季オリンピックの開催都市に選ばれた。
会場のホテルには、立候補都市の応援団が多数つめかけ、
洗練されたショーを披露して、バーミンガム市民を魅了していた。
一方、長野誘致を狙う長野の応援団は、
その華やいだ雰囲気の中で、異色さを発揮した。
応援団は、空色のそろいのハッピを羽織り、
太鼓の音とともに、なんと「炭坑節」を踊っていたのである。
「ジャパニーズ・ボン・ダンス」と紹介された踊りが始まるや、
広場はとたんに異様な空気につつまれた、と目撃者はいう。
「長野の炭坑節がはじまると、バーミンガム市民や各国招致関係者は、
見てはいけないものを見てしまったという顔をしていました。
そのうちミニチュアの鯉のぼりを手にしたおじいさん、
おばあさんの一団がふたり一組になって、
輪になって回りはじめる。お経を唱えるように、
低い声を響かせながら「鯉のぼり」の歌をうたうので、
気味悪がっている人もいた」
わかるなあ、その気味悪い感覚って・・・。
確かに「炭坑節」も「鯉のぼり」も「鯉のぼり」の歌も
日本の文化であり、伝統でもある。
しかしなあ、相手に伝わらなかったら、何の意味もないし、
また自分たちが予想したこととは違った取り方をされるリスクを考えないのだろうか。
こんな話がある。
ある中小企業の社長が、英語圏での商談の後、
逐次通訳がいるにもかかわらず、最後に一言言いたいと言い出した。
ずっと通訳してもらうと、自分でも英語で何か一言でも言いたくなる。
その気持はわかる。わかるが、その社長は、こう言って締めくくった。
One please!
いつもの口ぐせで、日本にいるときと同じように、
「ひとつ、よろしく」と言ったつもりで、満足した。
しかし、気持はどうであれ、社長の理解はどうであれ、
これって何にも通じてないんだよね、社長さん。
ドイツのボンで、サムライ・ブルーのユニフォームを
楽聖ベートーベン像に着せるというアイデア。
音楽とはまったく関係のない、バラエティのノリで、ベートーベンをかつぎだすアイデア。
ちょっとお茶目が過ぎると思う。
どんな風にむこうは(たとえば極右翼のみなさんは)受け取るのだろうか。
私は恐い・・・
May 31, 2006 06:50 PM | コメント (23)
2006年05月30日
劣等感は音だ!:
小学校における英語教育が増えてきている。
私は、4月20日の記事「日本語でしゃべらナイト」で、
週に一度のお遊び英語授業で英語に慣らされて
やがては英語を使うというレベルに達することなどは不可能で、
そんなことをやるくらいなら、日本語で挨拶できるようにしつけをしろ、
という主張をした。
実際その後、小学校の「英語教育」の授業を見る機会があった。
指導する日本人教師の英語のレベルは悲惨であり、
英語圏からのアシスト教師と子どものコミュニケーションは無惨であった。
私は子供たちに、極めて初歩的な英語で挨拶を投げてみたが、
その応答はまったく的外れであった。
私の取材に、英語ムックの女性編集者はいう。
「週1時間で、英語でコミュニケートできるなんて有りえないんですけどね。
英語はご存知のように音ですから、
音(おん)をきちんとキャッチするように、訓練されない限り、
英語の音を身につけることができません。
基本の基本は音、つまり耳がどう英語に対応できるかなのです」
彼女の話によると、言語には使われる音の周波数が異なるそうだ。
日本人が日本語を使う周波数は、せいぜい1500ヘルツまで。
ところが、英国人が英語を使う周波数は、2000~12000だという。
また米国英語だと、使う周波数は、600~3800。
そういうことになると、日本語の音になれている日本人は、
周波数が一部重なる米語だと、ほんの少し聞き取れるが、
イギリス英語だと、皆目聞き取れないことになる。
「日本人って中学、高校、大学の8年間も英語を習っている、と言いますよね。
でも実際は英語を英語の音で学んではいなくて、
日本語教師が日本語で英文法を教えたり、
英文解釈で英語を日本語で講釈したりって授業だったわけで、
これでは、音が身につくはずもないんです。
ですから、英語を音として使える訓練をほとんどしていない以上、
英語を使えないのは当たり前なんですよね」
日本人が英語をできないのは、日本人の英語が苦手であるのではなく、
単に音として英語を使えるように訓練をされていないということ。
ダンボの英語耳になっていないわけだ。
日本人は英語の劣等感を持つ必要はない。
英語ができなくて当たり前の教育をされているに過ぎないのだ。
小学校の英語教育が仮に一週に一度行われると、
トータルでどれくらいの時間、子どもたちは英語に触れるのだろうか。
さらに、集中して英語を浴びるのではなく、
触れる英語の音は少ない。
語学専門出版社の副編集長はこういう。
「英語を聞き取れるということに限って言えば、
英語をシャワーのように浴びる時間を集中的にとらないと、
とてもおぼつかないですね。
多くの経験者が言っていますが、
だいたい1日に3時間、英語のシャワーを浴びて、
100日たてば、英語を音としてかなり正確にキャッチできるようになります。
小学校の英語だけでなく、今の学校英語では、
時間的にも、シャワーの量でもこのレベルではありませんね」
英語と日本語では、聞き取れる音のヘルツが違っていた。
この違いは、英語をシャワーのように浴びる訓練をしなければ
埋めることができない。
また毎日朝から晩まで、テレビで騒音雑音だらけの生活に
耳が慣れてしまってはまずいのではないか。
もっと耳をとぎすませる環境、たとえばラジオを聴くようにして、
映像の助けを借りず、耳だけで集中訓練も必要ではないかと思う。
副編集長はさらにこういう。
「英語の場合、RやL、SとTHのように、
特化した子音の使い方があり、子音は高い周波数で使用されますから、
日本人には聞き取れないのです。
日本語の場合は、子音単独で使われるのではなく、
母音が入りますから、McDonald'sはMakudonarudoとなりますね。
音から入ると、あれだけ親しみのあるマクドナルドさえ聞き取れません」
大事な音を身につけることが、英語の基本であり、
訓練によってそれを身につけられるのなら、
別に小学校から英語をやる必要などないではないか。
小学校では、日本語をきちんと学び、基礎力をつけ、
英語を身につけることを「技術を身につける」という認識の下、
訓練をすることで、十分効果があるなら、そうすべきだろう。
・・・・・・・
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「韓国女優が嫌日発言」関西在住さん
「村上不安度」くりむ翔さん他多数
May 30, 2006 01:20 PM | コメント (36) | トラックバック (0)
2006年05月29日
村上不安度(4):
阪急HDが阪神電鉄株に株式公開買い付け(TOB)を実施し、
阪神電鉄側も臨時取締役会でOKを出した。
両社が統合を目指すということになった。
これを受けて、阪神株46.82%を保有する「村上ファンド」も
TOBに応じる方向で検討に入ったという。
TOB価格は930円、阪急HDは45%以上の取得をめざす。
TOBが首尾よくいったあかつきには、阪神は阪急HDの完全子会社となる。
今秋10月1日からで、当然、阪神タイガースも阪急の所有となる。
930円で株を引き取ってもらえば、「村上ファンド」は御の字である。
株価は05年9月の第2週から猛烈に動意づき、
その週を含めわずか5週で、468円から高値1245円まであげた。
「村上ファンド」の平均購入価格を仮に700円とすると、
5月10日現在、46.82%保有しているから、
4億2165万2千株(総発行株)×0.4573=1億9741万株
1株あたり230円の儲けだとすれば、なんと454億円のキャピタルゲインとなる。
阪急との交渉中にリークされる情報では、
「村上ファンド」というより、戦国時代の海賊「村上水軍」を思わせる
えげつないやり方だ。
村上ウオッチャーたちを喜ばせてくれる矛盾も多い。
たとえば・・・
5月26日の読売新聞によれば、阪神が予定している年間5円の配当を
なんと50円にしたらどうかという案が議題に上がったという。
「村上ファンド」が50円配当を要求した、とは書いていない。
TOB価格930円でも割高なのに、さらに50円配当とはどういう神経か。
確かに非効率的な経営を放置していた経営陣に問題はあり、
それを「村上ファンド」が一時的にしろ「覚醒」させた功績はあるだろうが、
実態を伴わない配当を受ければ、それこそ、
自分が保有する株の企業に「資本維持の原則」に反する行為をさせることになる。
[村上ファンド]が「資本の論理」を追い求めるのならば、
「資本維持の原則」をも守ったらどうか、と言いたい。
今回の買収が決着すれば、1年にも満たない短期間に、
マスコミの宣伝によって株価をつりあげ、
[村上ファンド]は利益を一人占めできたことになる。
阪神と阪急が無理に負担させられた金額、これは同時に村上ファンドへ流れる利益だ。
そのおかげで、阪急の支配に移るだろう阪神タイガースの改善などは
先送りされ、選手やファンにしわ寄せがくるのは間違いない。
しかしまあ、[村上ファンド]が去った後も、ぺんぺん草ぐらいは生えるだろう。
関連記事
・村上不安度
・村上不安度(2)
・村上不安度(3)
・・・・・・・
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May 29, 2006 05:09 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2006年05月28日
驚愕!イカタコ厳禁!:
田中角栄元首相をジャップと罵倒したキッシンジャーさんが、
ユダヤ系の家庭で育ったことは昨日5月27日の記事で述べた。
コーシャーという言葉がある。
これは、ユダヤ教の食に関する戒律のことで、
この律法のもとでは、ユダヤ人が食べてはいけないものは決まっている。
たとえば・・・
①4つ足獣のうち、蹄(ひづめ)が分かれていないもの、反芻(はんすう)しないものは食べられない。2条件を満たさないラクダ(実は満たしているが、蹄が毛に覆われ分かれていないように見えるため)、ウサギ、ブタなどは食を禁じられる。
②水中生物で、ヒレと鱗(うろこ)のないものは食べられない。イカやタコはダメだということになる。
③鳥類は食としては限定され、鷲のような猛禽(もうきん)類はダメ、ダチョウや白鳥などもダメである。写真に見るようにニワトリはOKだ。
④羽を有する昆虫類で食を認められているのは、おおむねバッタ類であるが、聖書のヘブライ語と日本語の対比に問題がある場合があるので注意しなければならない。
魚が好きな日本人としては、もっぱら関心があるのは②である。ニューヨークにはこの戒律法に従ったスシ屋がある。
スシタネは決まっている。戒律に「水中にいるもので、ヒレやウロコのないものは食べてはならない」とあるから、具体的には、カニ、タコ、イカ、貝類、アナゴなどは食べてはいけない。むろん穏健な宗派では種類によっては頓着しないで食べるようだが、ニューヨークにあるコーシャー日本料理店では、ラバイと呼ばれる宗教指導者が、目を光らせ、忠実に戒律を守ったスシを提供している。
戒律違反のネタを除くと、確かにネタは限られたものとなり、スシダネはマグロ、トロ、サーモン、サバ、スズキやヒラメの白身魚、イクラなどだ。ネタが少ないので仕込みの手間がはぶけ、値段が安いと思うだろうが、実際は逆で、日本レストランよりもやや高い。材料を高級なものに厳選しており、またラバイに支払う指導料などの人件費が上乗せされているからだろう。
コーシャーのスシ・レストランは、仕入れた品は皆、検査で合格したものだ。醤油もワサビもガリもコーシャーでなければならない。丸にUの文字が入った商品が戒律適合商品である。工場で作られる食品は、ラバイが出かけて行って、綿密な検査をする。醤油はキッコーマンが特別に作ってくれているという。また日本酒はカリフォルニア産のコーシャーである。
たいていのスシネタを食べることができる日本人から見れば、ちょっときつい生活に思えるが、生まれてこのかたずっと味わったことのない味だから、たいしたことではないのかも知れない。
・・・・・・・
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「千葉7区87046票の民力」外野さん
「W杯中沢選手のアノ趣味」けんさん
「何がグルメだ?」みくりんさん
「苫小牧・市長妻の哀れ」ダメだしされる大地さん他
May 28, 2006 05:05 PM | コメント (3) | トラックバック (0)
2006年05月27日
「ジャップ!」と罵倒された元首相:
まずこの記事を読んでほしいのだが、ニクソン政権で米外交政策で凄腕ぶりを見せたキッシンジャー元大統領補佐官(後に国務長官)が、ハワイで日米首脳会談が行われた1972年8月31日付の部内協議メモ(極秘)で、
「あらゆる裏切り者の中でも、ジャップが最悪だ」
と発言したという。当時の首相田中角栄(田中真紀子さんの父上)さんが、中国を訪問して日中国交正常化を図る計画を知って、ブチ切れ、「ジャップ」という蔑称(べっしょう)を使い日本人を罵倒したのだ。部内協議メモであるから、まあいわば内内の会話であり、本音が出たのだろう。
キッシンジャーさんてどんな人なのかをちょっとおさらいしておきたい。
ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャーさんは、1923年の今日5月27日、ドイツ・ヴァイマル共和国のフュルトで、ユダヤ系教育者の家庭に生まれている。ナチスの影が忍びよるドイツを去り米国に一家は移住、このときキッシンジャーさんは15歳であった。ドイツに残った彼の親戚はヒトラー政権に虐殺された。
この体験が彼に強い影響を与えたのは間違いない。ナチスと組んだ日本に対しては、ドイツと同様の警戒感をもち、親日的とは言えない政治スタンスを持っていた。日本は利用すべきもので、日本の発展には複雑な気持ちを持っていただろう。
少年時代からずば抜けて優秀、ハーバード大学で学び、1950年に最優秀の成績で卒業(二年の時にBを一つ取っただけで他はオールAというが)、修士号、博士号を続けて取得。1969年まで同大学の教授を勤めた。学から官へ移ったのは、ニクソン政権の中枢(国家安全保障)に招かれたからである。以後、手練手管を使って、外交の表・裏舞台を歩みつづけた。米覇権を第一義とした対ソ戦略理論で世界のバランスを考えるゆえに、ベトナム戦争やラテン諸国問題などを交渉で乗り切ろうとし、結果的には強いひずみを残すことになった。
彼はユダヤ系アメリカ人としてドイツに警戒するものの、欧州とは価値の共有が可能でありと見て、一方アジアではアメリカ主導での中国と日本の関係が望ましいと考えていたのである。だから、あのハワイでの部会で田中角栄さんの日中国交正常化への動きを知り、「ジャップ」とののしり、激昂(げっこう)したのだ。
ニクソンさんはキッシンジャーさんを厚く信頼しているから、二人の会話では言葉はストレートに出てくる。蔑称や罵倒語が出やすい雰囲気で進むからだ。英語の達人の松本道弘さんは、ニクソンさんの英語をGETとGIVEを多用した、斬れる本音英語であると見抜いている。むろんキッシンジャーさんの英語も同様だ。
日本人だけが蔑称でののしられているわけではなく、たとえば、すでに2002年にアメリカ合衆国が機密指定を解除してリリースした文書150によれば、1971年11月5日午前8時15分から9時、ワシントンでニクソンさんとキッシンジャーさんの会話が記録されている。
ニクソン:実際あの鬼ばば(witch)には泣いちゃうよなあ。
キッシン:もっとも糞ったれ(goddamn)の戦争好きなやつらだ。
ニクソン:印度人か。
キッシン:ええ。
ニクソン:そうだな。
キッシン:印度人はとにかく馬鹿やろう(bastards)だ。戦争を始めやがった。
あの女はあばずれ(bitch)だし、俺たちもほしいものを手に入れた。
ここに登場する女性は、印度の首相インディラ・ガンジーさんである。後年この会話がばれてしまったキッシンジャーさんは「こうした言葉を使われたことを遺憾に思います。私は政治家としてガンジー夫人を高く尊敬致します」というコメントを伝えているが、本音を言えるシーンでは、実に率直な人である。
事態が自分の戦略と違ったかたちになると、このような切れ者の人は我慢ならず容赦ない言葉を吐いて悪態をつくときがあるが、ある意味正直というか、人間的ではないか。田中角栄さんのこともそのラインでの会話で登場するいつものパターンだったのだろう。
・・・・・・・
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「W杯中沢選手のアノ趣味」フカミさん
「千葉7区87046票の民力」フカミさん
「小泉首相のご予定は未定」あきらさん
「ダ・ヴィンチ・コードを観る前に」けんさん、Mr.プーさん、足袋さん
「日本国憲法は無効か?」よっぱらいさん
「マッカートニーが踏んだ地雷」ドリカム・メンバーさん
「六本木ヒルズの帰り道」Jacarandaさん他
May 27, 2006 09:06 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2006年05月26日
ホリエモンの「うほほ」:
日刊スポーツによると、ライブドア事件の宮内亮治さんが、堀江貴文さんと決別した。ついでにヒルズからも引っ越しした。
その理由は、堀江さんが「おれが逮捕されたら、彼女がかわいそう」という発言に怒りを覚え、もはやかばうのがバカらしくなったからだ。ライブドアが東京地検特捜部の捜査を受けた直後、宮内さんは堀江さんの「盾」となろうとしたが、捜査の対応を協議しているときにも「おれ、知らない」などと自分だけ保身したことに、切れたというわけだ。
「おれたちより、会社より、彼女かよオ!」という落胆である。すっとぼけたのが本当なら、ふざけたやつである。ワルはワルなりに規律があり、仁義があるものだ。ワルはワルなりに、自分のコミュニティの人間を守ろうとするものであるが、それをしない汚い、さびしいやつである。男気なんてこれっぽちもない。
03年10月の社内会議で、宮内さんから粉飾決算のための経理操作の説明を受けたとき、堀江さんは、
「うほほ。そんなにもうかっちゃうの。その金額、予算に乗せといて」
などと話したことを、宮内さんは詳細に自供したという。彼は検察側の証人として出廷するというのだから、よほど腹に据えかねたのだろう。「うほほ」という歓声は、田中角栄さんの「よっしゃよっしゃ」以来の、彼ならではの新鮮な響きがあり、法曹関係者は「裁判所の心証に強く影響があるのでは」とみている。
ヒルズに住み、自家用ジェット機で女優と旅行、デートでブランドものをプレゼント、ピンクのドンべり、グルメざんまいの焼肉腹で、おだてに乗ってその気になり選挙にも出た、あれって単なる成金オヤジじゃん・・・と、ヒルズのカフェで、ご近所話が聞えてきた。
May 26, 2006 11:20 PM | コメント (11) | トラックバック (0)
2006年05月25日
韓国女優が嫌日発言:
韓国の新聞に「中央日報」というのがある。5月23日付けの記事に、タレント・女優のパク・ウネ(28)さんが、「日本の金持ちから隠密な誘惑を受けた」という見出しで登場していて、興味を引いた。パクさんが最近、あるスポーツ新聞の「酔中トーク」という欄でインタビューを受けて、嫌日っぽい告白をしたという記事を「中央日報」が取り上げたのである。
「隠密な誘惑」という表現もなんとなく面白いし、「酔中トーク」というからには、ヨタ話なのだろうが、ちょっと検討してみようと思う。
「デビュー当時、放送局の幹部が個人的に電話をかけてきて、
『日本の資産家が韓国に来る。今夜その席に出てこい。
いいことがあるはずだ』という怪しいニュアンスの話を
してきたことがある」
パクさんは、こんな風に語るが、この告白は、にわかに信じがたい。話にちょっと無理があるのではないかと思う。
パクさんのバックグラウンドを少し知っておこう。彼女は、1978年2月21日 生まれの28歳。ソウル芸術大学広告創作科卒業。1998年 CF「コリアナ」で芸能界デビュー、同年 「チャン」で映画デビューしたから、上の告白の事件が起きたのは、8年前、20歳の時である。
「日本の資産家」とはどういうのだろう。「日本人の資産家」なのか「日本から来た資産家」なのかが不明だ。パチンコ屋さん、街金さん、焼肉・キムチ屋さんの在日僑胞さんの資産家ではないのかという疑いがつきまとう。そしてこの「日本」と表現するところが、いかにも韓国的ではある。「日本」というキーワードを入れると、読者の食いつきがよいのだ。しかし「日本」という表現だけでは、日本人か在日僑胞かは確定できない。
不自然と自然
パクさんによると、放送局の幹部は、彼女が酒の席に出てくれば、「マンションを買ってくれる」「生活費をもらえる」などと、積極的に’誘惑’してきたそうである。韓国人の幹部の性的な含みを入れて誘う行為は、かなりしっくりくる。私も仕事で韓国に出かけたとき、ひどくわずらわしい目にあったことがある。一流ホテルなのに宿泊先はどこでも、従業員がポン引きを兼ねているのである。だから、韓国の放送局の幹部が「援助交際」の仲介をしてもいっこうに不自然ではない。
しかし、もし日本の資産家が日本人であるなら、かなりうさん臭い話になってくる。理由はこうだ。日本人ならば、放送局の幹部にそういう誘い方などさせない。もし日本人の指示を仰いでいたら、パクさんを酒の席に呼び、それからおもむろに、口の固い通訳をつけて、くどけばよいではないか。
当初からやれマンションだとか、生活費を払うといういきなりの条件を出すのは、いかにも韓国人の発想だと思う。語り手自身が自分がほしいと思うもの、こうだったらいいなあ、という妄想的な気持を出してしまうのかも知れない。カマボコのゴールドの指輪を平気で指につける人のように、また野暮でもある。さらに、日本人は、まったく日本語を話さない初対面の若い女性に、そうした露骨な提案は、しないと思う。露骨すぎて嫌われるのを恐れる心理が一般に働く。最初は洋服とかバッグとかのプレゼントから始めるのではないか。そういうわけで露骨提案を絶対にしないとは言い切れないがまずしない。一方女性側も商売女ならいざしらず、やはり気持的には抱かれることにはクッションがいる。加えて、韓国人は基本的に、反日教科書によってはぐくまれた反日精神を有しているから、話してもちっとも面白くないし、相手は聞く耳を持たないし、けっこう疲れることを、日本人なら知っているはずだ。
仮にハングルを即席で覚えても、ベッドで「ちょわよ」(いいわ)とか「けんちゃんなよ」(かまわないよ)程度のままごとハングルでは、しょうがないし、面白くない。日本人ならそのことを知っているから、マンションを買ってやるなどという提案をするわけがない。
パクさんは、日本という名称を出したが、通常、このようなインタビューでは、日本という単語が出ると、他の日本にかかわること、たとえば竹島、靖国参拝、慰安婦、教科書問題といったイデオロギーがらみで、いろいろ出てくるものだ。それがまったく出ない点が不自然である。
ためにする
しかし私が最大の問題にしたいのは、パクさんがなぜ8年前の古い「援助交際」の話を今持ち出したかである。
「初めてそういう話を聞き、怖くて、どうすればよいのか分からなかった。
そんなことにまで応じながら演技者を続けなければいけないのかと深く悩んだ」
この語りも不自然だ。まず、そうした話は、個人的にできるものではなく、かならず芸能事務所を通すことになろう。タレントに個人的に動かれ、勝手に「援助交際」をされ、オイシイ思いをされたのでは、すでに投資をしている事務所にとっては、イカレたようなものである。大事な「商品」は自分では動けないし、業界内でのルール違反となるので、しきたりを知る放送局の幹部はやらない。万一発覚したときには、事務所の者に生卵をぶつけられるか、スリッパでひっぱたかれるであろう。
仮にそういうダイレクトな隠密オファーがあったとしても、しかも大嫌いな日本からのオファーに対して、デビューしたてのタレントは、自分の一存で何ができるであろうか。マネージャーに相談するだろう。対日本の問題は国民的問題でもあるからだ。一人で悩むことではない。この点でも実に不自然である。
「芸能人に対して偏見が多いのは分かっている。
しかし多くの芸能人はそんな誘惑には動かない。
そんなやり方でしかスターになれないのなら芸能人をやめようと思った」
というのだが、このくだりもおかしい。流れから言うと、事務所の誰にも相談していなかっただろうし、誘われたこと自体が放送局の幹部がからかってしたことであったかも知れないにもかかわらず、なぜ、「偏見」「芸能人をやめる」という話になるのだろうか。
一般に韓国の記事、とりわけ日本関連の記事を読む場合には、特殊な技術がいると言われる。韓国の記事には、ためにする記事が多く、私は今回のパクさんもそのカテゴリーに入れられると思う。記事の背後にひしめく韓国人のメンタリティをまず満足させることが、日本に関する記事の最低条件である。それを考慮に入れて、考えてみると、パクさんの告白記事には、明確なメッセージがあるのではないかと思う。こんな風に:
「エロい日本の金持ちオヤジが、私を誘惑しようとしたが、
私はかつての韓国の女たちが侮辱されたようなことはしなかった。
そんなことをするなら芸能人をやめる決意を固めていたほど、
私にはプライドがあり、信念がある。私は自分を誇りに思う」
告白全編に韓国人のメンタリティが流れており、日本人が入る余地がなく、有り得ない話だなあと思った次第である。感情の満足がまず先にあって、それ以外に耳を貸さないというメンタリティである。世間知らず、日本人を知らないでやってしまった告白にそれが感じられて仕方がない。
古い話の蒸し返しには「竹島」「対馬」「靖国参拝」「戦後補償」などの一種のジャパンバッシングのラインに乗っているのでは?と読めると思う。
May 25, 2006 10:56 AM | コメント (56) | トラックバック (0)
2006年05月24日
庭師は見た!:
京都の龍安寺といえば、方丈石庭で有名で禅寺である。
この寺は、今から556年前の宝徳2年(1450)に、
守護大名の細川勝元によって建てられた。
その後応仁の乱で焼失、長享2年(1488)に、
勝元の子・細川政元と特芳禅傑によって再興された。
無味乾燥な歴史教科書的に書くとそうなる。
龍安寺の石庭を作ったのは誰かとなると、諸説がある。
宮元健次さんは、小堀遠州だと推理するが、
ここでは、なぜあのような枯山水の石庭を作ったのか、を少し考えてみたい。
この石庭は、方丈の前庭にあり、
東西約25メートル、南北約10メートルで、
三方を築地塀で囲み、境内の植木を借景としている。
非常に簡素で、明るい庭だ。
庭内に、草木は一本も使わず、地に白砂を敷き、
15個の自然石を配置しているので、
非常に簡素で、明るい庭となっている。
私も違う季節に三度ばかり訪れたが、
観る位置や角度によって、違った宇宙を感じさせる不思議な庭であった。
15個の石はばらばらに配置されているのではなく、
5つの固まりを作って、配置されている。
この配置を見ていて気づくのだが、
どうも、カシオペア座に似ているではないだろか。
11月中旬の夜9時ごろ、やや東寄りの北の空高く、
立ったWの形に5つの星が見えるという
(東京では見えないし、私は近眼)。
小堀遠州や作庭師たちが、夜空を見て、
カシオペア座の5つ星のイメージを
5つの石の組合せに投影したのだろうか。
・・・と思って調べてみると、明石散人という人が、
カシオペアの星の配置からヒントを得て、謎ときをやっている。
ただ、このカシオペア説には組みしたくない。
大きな理由は、カシオペア座は、天の川の中にあって、
たくさんの星に囲まれていて、
Wの字に特定できにくいのではないかと思えるからだ。
「扇状配石説」という仮説もある。
この説では、15個の石は、広縁のどこから見ても、
14個しか見ることができないという疑問点を解決してくれる。
作庭師は、庭の前にある方丈の内にまで下がって見れば、
全庭を一望のもとに見渡せる視点とできると考え、
5群の石が扇形線上に配置した・・・のではないかという仮説である。
私の発想は、かなり違う。
これは、三度目の石庭訪問のさいに気づいたのだが、
石庭の岩組を見て、どうも、この飛び石組の5つが、
富士五湖の配置に似ているように思えたのだ。
富士山から下界を望むと、富士五湖はちょうど
石庭の岩組の形とだぶって見えるではないだろうか。
無名の作庭師がいて、彼・彼らが、富士山へ詣でて、五湖を見て、
斬新な発想を得て、庭の構図に写した・・・という仮説はどうだろう?
そう言えば、小堀遠州は「東海紀行」という文学をモノにし、
富士を描いている。
まだこの文学は読んでいないが、彼が富士登山をしていれば、
私の思いつきも信憑性がさらに上がるに違いない。
May 24, 2006 10:24 AM | コメント (1) | トラックバック (0)
2006年05月23日
六本木ヒルズの帰り道:
去年の師走に一通のお知らせが届いた。
「突然で恐縮ですが、私、高田喜佐がこの夏より
体調を崩してしまい、誠に残念ですが、KISSAブランドを
今シーズン(2005秋・冬)をもちまして
しばらくお休みさせて頂くことになりました」
喜佐さんは、詩人の故高田敏子さんの娘さん。
多摩美術大を卒業後、KISSAブランドを
作り上げたシューズ・デザイナーとして有名。
2000点以上のオリジナルデザインの靴を発表、
またエッセイストとしても活躍したクロワッサン文化人だ。
私と妻は、長年KISSAの靴を愛用している。
お知らせをもらって2ヶ月ほどたった今年2月16日、
喜佐さんは、東京都江東区の病院で肝臓胆管ガンのため、死去された。
いつもなら、この時期、2006年秋・冬物のコレクションを見ることができるのだが、
すでにデザイナーがいないのであるから、見ることができない。
先日、KISSAから案内状をいただいて、
六本木へ出かけてきた。
5月16日(火)から6月2日(金)まで
(月曜定休、入場無料、11時から19時、
最終日は17時まで)、
ギャラリー「ル・ベイン」で、
「高田喜佐展」が開かれていたからだ。
靴のデザインに興味のある方には、
六本木ヒルズの帰り道におすすめである。
彼女の詩作の一部:
私が作った靴が 私から離れて歩いていく
その人の足元を飾り その人の一部となって歩いていく
街をぬけ 駅の階段を登り オフィスをかけめぐる
海辺を歩き 草原で立ち止まる
走ったり ジャンプしたり 踊ったり
さまざまな人との出会い 旅をする
涙を流し 微笑み 愛を語り 沈黙し
その人と大地をしっかり結ぶ
裸足と同じぐらい自然な靴を
私は作りたい
まるで宮沢賢治が靴デザイナーになって、
銀河を眺めながら作ったような詩である。
喜佐さんが終生もちつづけた感性と発想が、
この詩にきらめいている、と思う。
私ながらに思うよい靴の条件――。
その一。疲れない。はいていることを意識しない靴。
その二。上質の材料、丁寧な製法だから、流行に左右されず、
何年たっても飽きずに、使える靴。
「靴は動物の革を使っているわけですよね。
牛・豚・山羊・羊・馬・トカゲ・アザラシ・ワニなどなどです。
実はベーシックな靴を作れば作るほど、より素材の面白さに
魅かれますね。
ただほんとうに必要な分量だけいただいて、
無理な量産はしないという基本は崩したくないんです」
(高田喜佐「Shoe, Shoe PARADISE」より)
その三。修理がきく。単にかかとを変えるのではなく、
紐から中敷・裏底に至るまで全部修理がきく靴。
その靴を作った職人さんが、修理をしてくれる。
修理から帰ってきた時は、生き返っている。
しかし、靴が消耗品であることは否定できない。
特に好きな靴となると、はく回数も多く、傷む速度も早いが、
KISSAの靴は最後の最後まではける靴だ。
その四。型くずれがしない。しっかり作ってある証拠である。
大量生産できない。
その五。デザイナーの心、気遣い、工夫が込められている。
靴は人なり。豊富なデザインに作り手の才能が開化している。
その六。毎シーズンのデザインに驚きと楽しみがある靴。
その七。伝統と斬新の融合。オーソドクシーを大事にした上で、
最新のアイディアを入れていく、志向のある靴。
その八。デザイナーと消費者の距離が近いこと。
ブティックに行くと、製作者のお顔が時々見える。
この八つの条件をすべて持ち合わせたのが、KISSAの靴だった。
「高田喜佐展」のコピーは「素足が好き」。
素足が嫌いな靴。靴が嫌いな素足。
だとしたら、素足みたいな靴を作るしかない。
そう思って靴を作ってきたであろう、喜佐さんはもういない。
図書館が、またひとつ消えた。
・・・・・・・
ギャラリー ル・ベイン
106-0031 東京都港区西麻布3-16-28
電話 03-3479-3843
地下鉄「六本木」駅下車、ギリシャ大使館隣
・・・・・・・
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「千葉7区87046票の民意」伊藤さん
「苫小牧・市長妻の哀れ」msailさんなど
May 23, 2006 10:36 AM | コメント (4) | トラックバック (0)
2006年05月22日
清原選手の空(くう):
4月29日に「清原選手の筏(いかだ)」という記事を書いた。
それから3週間と少し経った昨日5月21日、対阪神戦で、
清原選手は史上8人目となる1500打点を達成した。
残り2点に迫っていた区切りの1500打点を
一振りで達成してしまったのである。
「筏」を捨てたと言えるだろう。
このリハビリ期間、彼は寡黙で冷静であったと思う。
つまり「空」(くう)をめざしていたのである。
彼の復帰と活躍を「世界一小さい新聞」は信じていた。
おめでとう! 清原さん!
さて・・・
清原選手がスライダーをセンターにはじき返したのを見て、
人々はさまざまな声をあげた。
ある阪神ファンは「うまくバットを当てたなあ」
あるオリックスファンは「絶妙のタイミングだったよ」
ある解説者は「力がまさりましたねえ」
そのとき、スタンドで「それは違う」という声がもれ聞えた。
オリックスの野球帽を目深にかぶった、仏様であることを誰も知らない。
聖地甲子園で、記録を達成することをご存知だったのだ。
仏様はこう言った。
「バットを当てたのではない。
絶妙のタイミングだったのでもない。
ましてや力がまさったとは違う。
清原選手の心が打ったのだ」
心が打った。つまり、すべては心の働きによると言うのだ。
これを「受想行識も空なり」と仏教では表現できる。
「受想行識」(じゅそうぎょうしき)とは、心の働きのこと。
「識」は六識にわかれ、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の六種の認識作用。
「受想行識」という心の働きが、人間の迷いやとらわれを引き起こすのだ。
これが煩悩(ぼんのう)で、むさぼりや怒りやグチになる。
この煩悩が、さまざまな言動を生んで、人を迷わせ、苦しませる。
こうした迷いと苦しみを脱したとき、清原選手が記録を達成できた。
清原選手の空(くう)
仏の道では、そんな風な解釈が可能である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント更新情報
「苫小牧・市長妻の哀れ」主婦Aさん
「千葉7区87046票の民意」勝田さん
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May 22, 2006 02:46 PM | コメント (3) | トラックバック (0)
2006年05月21日
千円札は拾え。:
覚えている人は覚えている。
千円札の顔は、「野口英世」だ。
去る5月2日、アフリカのガーナを訪れた小泉首相は、
クフォー大統領と会って、
アフリカで活動する医学研究者らを対象にした「野口英世賞」の創設を提案し、
大統領の賛同を得た。
野口英世博士は、今から78年前の1928年に、
ガーナのアクラで、黄熱病の研究中に死去している。
今日5月21日は、彼の命日である。
だから、今日は千円札を見てみたいというわけだ。
野口英世さんは、日本の道徳をベースにした立志伝や偉人伝では、
もっとも人気のある人の一人で、
戦前の修身教科書から、連綿とその偉大さが語られてきた。
また医学者としての名声は世界中にとどろいている。
野口さんを語る時かならずエピソードとして出てくる幼年期のやけどから始まり、
研究で散華(さんげ)した彼の壮絶な人生には、
しかし光と影がある。
野口さんは、両極端な人間であった。
勤勉性と浪費性
道徳性と情欲性
計画性と賭博性
などといった、野口さんに見られる両面性を
精神医学者の中井久夫さんは、てんかん気質として説明した。
こうした両面性は、劣等感を行動のバネとする
自己顕示欲を強くあらわして、社会に挑戦する人にありがちで、
文化運動や偉大な発明発見をなしとげられるのである。
むろん時代背景も無視できない。
野口さんが育った明治中期の国家スローガンは、
富国強兵であり、立身出世であった。
極貧の生まれで、執念的に上昇志向に乗ろうとする、
母子の間で、異常に屈折した劣等感が育ち、
相反する矛盾した性癖が出てしまうのかも知れない。
立川昭二さんの「病いの人間史」を読みながら、
野口さんの性格に触れると、そんな風になるようだ。
もう一つ、野口さんに関して興味深かったことは、
彼が三つの病気に苦しんでいたことだ。
痔。
これは文豪・夏目漱石さんが苦しんだ病気でもある。
28歳の野口さんが、異国の地から恩師・血脇守之助さんに送った書簡が残っており、
「例の痔疾には苦しめられ随分気が鬱し申候」
と記述されている。
スピロヘーター(梅毒)。
野口さんを立身出世、道徳手本としたい人たちにとっては、
非常によろしくないことなんだろうが、
梅毒にかかっていた。
症状として現れていなかったが、
これが心臓肥大を起こさせていたそうだ。
明治の中頃は、梅毒の全盛期で、青年の野口さんがこの病気に
感染していていても、別段珍しくもなかったのである。
記録では、ある郡で徴兵検査をしたところ、なんと検査を受けた青年の
三分の二が梅毒で不合格になったという。
この梅毒の研究で、野口さんは、世界的名声をあげ、
人類の最大の功績者として敬愛されている。
鬱病。
野口さんの心にずっとあったのは、母への劣等感の裏返しだろう。
ずぬけて優秀な息子に対する母の期待はもはや執念と化し、
それと彼の性格が相乗効果を生んだと見て良い。
母親の死で、一時的に解放されたのだろうか。
恩師小林栄から、母の死亡と葬儀に関する詳細な手紙が届いたとき、
野口さんが示した態度は、しばらく沈黙し、
母の死から三ヶ月たったときに、美辞麗句を並べた返事を送ったことだった。
黄熱病の病原体発見という強い使命感を十字架のように背負って
ガーナのアクラへ向かう前、すでに初期の糖尿病の症状が出て、
顔は老け込み、病みつかれた表情を見せていたが、
旅立つ直前にロシアの彫刻家に作らせた胸像の表情にそれが表れていたという。
アクラで黄熱病にたおれた劇的な死は、
サムライの壮絶なハラキリを世界に連想させた。
世界は彼を尊敬している。「千円札は拾え。」・・・である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記。2006-5-22 10:02
風刺子さんがコメントに書いておられる、
母親おシカさんが思いあまって英世さんに送った、カナ手紙の文面の一部です:
「おまイの。しせ(出世)には。みなたまけました。わたくしもよろこんでをりまする。・・・はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。いしよ(一生)のたのみて。ありまする。にし(西)さむいてわ。おかみ(拝み)。ひかし(東)さむいてわおかみ。しております・・・・このへんち(返事)まちておりまする。ねてもねむられません」
しかし、英世さんは、この手紙に返事をだしておりません。
May 21, 2006 04:47 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2006年05月20日
ダ・ヴィンチ・コードを観る前に:
今日は、ダ・ヴィンチ・デー。
世界同時ロードショーの「ダ・ヴィンチ・コード」である。
ボクサー物語「シンデレラマン」を監督したロン・ハワードの作品。
大々的な宣伝をした割には、前評判はかなり賛否両論に分かれている。
キリストへの冒瀆(ぼうとく)につながる宗教解釈なので、
フィクションとわかっていても我慢ならない人や国が
公開にいちゃもんつける動きに出た。
また映画は原作本に忠実で有りすぎたためか、
2時間半の時間に十分に良さを織込めず、
ヤフー掲示板を見ても、
「わかりづらい」
「盛り上がりに欠ける」
「歴史を知らないと理解が無理かな」
「ストーリーについていくのがやっと」
といった声が多い。
星の評価も、5のうち1や2がかなりあった。
映画データベースのIMDBのユーザー・レーティングを見ると、
英語圏の観客の評価も決して高くない。
1176名の投票で、10点満点で6.2点だから、まあまあの映画となる。
しかし、私は英語圏と日本での評価は違う視点から見ないといけないと思う。
英語圏では、映画のオリジナルをそのまま観るわけであるが、
日本では英語やフランス語を使うということで、
言葉の問題や字幕の問題と切り離せないからだ。
字幕の問題は、さらに、吹き替え版の問題に発展する。
つまり・・・
日本の観客が「ダ・ヴィンチ・コード」を観る前に、
二つのバージョンから選択しなければならない。
字幕版か吹き替え版
日本のTV海外ドラマでは吹き替えは当たり前になっているが、
最近の大作映画にも、吹き替え版が登場してきた。
「ロード・オブ・ザ・リング」もそうだったし、
「ハリーポッター」もそうだった。
問題は、「字幕派か吹き替え派か」となる。
吹き替え版賛成派の根拠として考えられるのは・・・
映画を楽しむことを基本に置くと、映画の内容がわからなくては話にならない。
漢字が読めないので字幕も読めない人、
字幕のスピードについていけない人が増えている。
読書経験が不足している観客が多くなって来ているからだろう。
また字幕そのものが視覚的にも見づらいという人もいる。
近眼、遠視、字幕の位置(右か下かなど)・映像の背後との関係なども理由になる。
字幕を読みながらだと、映像に集中ができないので、
肝心のところを見逃してしまう人もいる。
そういった理由があるので、やはり吹き替え版がよいという意見もある。
しかし、吹き替え派には解決できない短所がある。
まず、俳優のナマの声を聞けない。
俳優の魅力は声に大きな比重があり、それを無しにしている。
言語文化と切り離せない映画をゆがめた形で理解してしまう危険もある。
細かいニュアンスをナマの言語から理解できないのである。
しかし、それは字幕にも言えると反論する人もいるかも知れない。
字幕だって、最近戸田奈津子さんを批判する人々がいるように、
「意訳」や「超訳」をされてしまうと、逆に映画文化をゆがめてしまうかも知れない。
字幕を追えれば、俳優の声を含めて映画の魅力を感じられるならば、
私は、観客が映画を観る技術として字幕読みの力を少しでも高めた方がよいと思う。
そして、さらに昨今の英語ブームを本物にするためにも、
字幕なしで理解できるように英語力をみがく方が、
映画のメッセージをとりやすいようにも思う。
映画を1本見て、1つや2つ、
オシャレな英語フレーズを覚えるのも楽しいものだ。
そういえば、「ダ・ヴィンチ・コード」には、
ベビー日刊も記事に使った映画「ファイヤー・ウォール」で
悪漢を演じたポール・ベタニーが登場し、
彼のちょっときどったクイーンズ・イングリッシュを聞けるのも楽しみだ。
May 20, 2006 04:38 PM | コメント (14) | トラックバック (0)
2006年05月19日
苫小牧・市長妻の哀れ:
高校野球と同じく、連帯責任なんだろうか。
現職の苫小牧市長さんが、スナックの経営者に
わいせつ行為をしたということで、
ホテルで辞任会見があった。
私が驚いたのは、その席に、
弁護士とともに、市長の奥さんが同席していたことである。
奥さんは、蒼ざめた顔で、カメラのフラッシュを浴び、
夫の市長さんとともに、謝罪でアタマを下げた。
これって、きついよねえ。
つらいよねえ。
その会見で、報道関係者の中の誰も、
奥さん、関係ないよ。
あなたは、被害者であり、頭なんかさげる必要もないよ。
この席にいる必要もない。
と、かばってあげなかったのだろうか。
残酷だねえ。
肉親が見たら、なんと思うか。
いたたまれない。
奥さんは、何をしたの?
奥さんが謝らないといけないほどの何かをしたというのか?
52歳の大の大人を、高校球児なみに、
監督、教育せよというのだろうか。
一心同体を要求されたって、困るじゃないか。
個人なのだから。
確かに夫の市長がわいせつ行為に及んだことは責められるが、
奥さんが責められることではない。
被害者のママさんが訴えた理由は、市長のわいせつ行為による尊厳の侵害だ。
では、奥さんの尊厳はどうなるのか。
今日は一日、このことが不愉快で、記事のアップがこの時間になった。
奥さんと家族のことを思うと、ものすご~くつらかった。
報道によると、4日の夜に市長さんはスナックに来た。
そして事件は5日未明に起きた。
日付が変わるまで営業をして、客がいるのに、
オミズ道のプロとして、
うたた寝をするのはいかがなものか。
眠ければ、早く店を閉めて、客を帰らせていれば、
こんなことにはならなかった。
自分も守れたし、スナックのイメージも悪くならなかった。
第一、10年来の付き合いだという市長さんも
今までと同じなじみ客でいられたのじゃないか。
市長の奥さんは、これから苫小牧の町で、
針のムシロだろう。
道を歩くのも、スーパーへ行くのも。
ちょっと想像するだけで、いたたまれない気持になる。

May 19, 2006 10:13 PM | コメント (12) | トラックバック (0)
2006年05月18日
マッカートニーが踏んだ地雷:
英国大衆紙が、騒がしい。
ポール・マッカートニーさん(63)が離婚することになったからである。
400億円の離婚闘争になりそうでもある。
奥さんは、元モデル、現在地雷廃絶運動家のへザーさん(38)。
本人たちは、パパラッチによって、私生活を侵害され、
夫婦のよい状態を保てなくなったと、
人のせいにしているが、そうではないだろう。
英国の多くの人は、ポールさんは、へザーさんと結婚したときから、
いずれこういう悲劇的な結末になっただろう、と異口同音に語っている。
ポールさんの心の中に、リンダさん(1998年乳がんのために死亡)、
つまり「糟糠の妻」(そうこうのつま)の面影がずっと支配していたのではないか、
というのである。
大きな存在
個人的な話になるが、私と妻は、在英中、
リンダさんが考案したベジタリアン用のフーズを愛用していた。
ハンバーグとかソーセージ(写真)などで、味もおいしくて、
我が家の冷凍庫にはいつもリンダさんがいたわけだ。
彼女は、1975年にポールさんに菜食主義をすすめている。
彼女の料理本は、ベストセラーになったし、
東洋から来た私たちも、彼女の菜食運動に影響を受けた。
リンダさんのお父さんはユダヤ系の弁護士で彼のよき相談相手だったし、
彼女もインテリ度は高く、
ある意味大きな赤ちゃんだったポールさんの生活信条をも変えたほど
「愛情力」のある奥さんだった。
また「レット・イット・ビー」では、名前は出ていないが大きな貢献をし、
言ってみれば、音楽の世界でも「糟糠の妻」であった。
へザーさんをリンダさんと比較するのは気の毒かも知れない。
その昔、ポールさんは、来日時に、
ドラッグ容疑で9日拘置所へ入れられたのだが、
そのわずか9日間以外、いつもリンダさんと一緒にいた
というような男性であるから、
へザーさんと別居をしているというだけで、
もう関係は戻らないのは明らかだ。
ある時、私の妻が、美容院でHelloという、
まあいわばイギリス版の「女性セブン」のようなゴシップ雑誌を見ていたら、
へザーさんが載っていた。
CNNのブロード・キャスターのラリー・キングさんのインタビュー番組で、
へザーさんが、ラリーさんと話しているとき、
二人の間にあるテーブルに、ドンとご自分の義足を投げ出すように置いて、
しゃべっている写真が添えてあった。
私も見たが、靴まで履いた義足(たぶん世界一高い義足なんだろうが)を
そんな風にデリカシーなく置く人って、どうなんだろうなあ・・・
ポールさんの娘で、デザイナーとして活躍するステラさんが、
父親とヘザーさんの結婚に反対するのも無理もないなあ、と思ったものだ。
という風に、私たちですら、リンダさんと比較してしまう。
たぶん、あのときの予感があって、
今度の離婚の話を聞いても、驚かなかった。
大衆紙の読者コメントを見ると、私たちが感じたようなことを
英語圏の人たちも感じるようで、納得した。
少し、抜書きしてみよう。
普段着の英米人の声
「残念だね、結婚前からあれこれ指摘されていたけど。早まってやってしまい、後でゆっくり後悔するケースだね。ボクも何年も前に同じことをやったし、言っていることがよくわかった」

「ポールって、へザーと幸せになろうと期待してたんだね。残念な状況をうまく解決してほしいね、だって子どもは二人の親を必要とするもん」
「リンダが死んですぐの結婚だもの、ポールの家族もわかっているわよ」
「ポールとリンダって特別なのよね。ほら自分の人生一回きり特別な人って見つかるじゃない。へザーとポール、うまくやって子育てを楽しんでほしいわ」
「ベビーがいるってことが悲しいニュースだよ。お互いエゴのままやっていけば、うまくいかないと思うよ」
「今度のニュースは予期していなかったわけじゃない。リンダとの長い幸せな生活の後、ポールは一人ぽっちでいて、反動で結婚しちゃったのね」
「ポールは(リンダとの間の)子どもたちの言うことに耳を貸すべきだった。とりわけステラは聞くところでは、へザーとの結婚に反対だったよね」
「ヘザーとは結婚の時から運命づけられていたようだ。リンダとのことがあまりに強烈だったんで、結婚に向かったんだね。ポールがなりたかったビジネスマンを考えたら、結婚前の契約をしたなんて信じられないよ。彼がなした仕事やリンダとの思い出のために、今回の失敗をウダウダ思わないことを祈るよ」
「正直言って、へザーは今最高潮じゃない、それに比べ、ポールはゆっくりやりたい歳にいるもん。うまく行かなかったわけね。いずれにしろ、慎重にやってもらいたいし、新聞の見出しに載らないかたちでね・・・」
「幸せに見えたけどなあ」
「赤ちゃんが、かわいそう」
「ステーキを食べ、革靴を履く私としては、へザーは、デートをしたくない人ですね」
「共通点がたくさんあるように、違いもうまくやってほしい」
「ポールも家族もひどい状態になるに違いない」
「ポール、あなたは本当に幸運な人ね、だって、最愛のリンダと長い間夫婦でいられたんだもの。誰だって、自分の人生に求めるものすべてを得られるわけじゃない。特別な人と貴重な時間をすごせたことを喜ぶべきよ。あなたとヘザーはこの問題を解決できるし、娘さんのためにも適切なことをするわよ、きっと」
「私生活を侵害されたことを離婚の理由にするのは、ちょっと理解できない。結婚の破綻はいつだって残念だけど、世界を変えるほどのイベントじゃないね」
「リンダに換えはなかったということ。残念だったね、ポール」
「この結婚は最初から無理だったのでは。ポールの心にはいつもリンダがいたし。こういうケースはめったにない。彼と子どもには同情を感じるわ」
「初めリンダがうーんという感じだったけど、だんだん好きになっちゃった。リンダって強い人だったし、ポールに頼る必要はなかった」
「いささか予想できた事態だ。リンダが大きな影を落としている」
「結婚が続くって思ったことがないよ、俺。解決までには法律闘争かあ。年寄りってバカだね」
「子どもの身になれば、きついね。子どもを作る前によく考えりゃよかったのに」
「ポール、私、待ってるわ~」
「とても悲しいけど、あまり驚かないわ。他の人も言ったけど、本当の愛は人生に一度だけよ。誰も失くした愛の換えなんて見つけられないわ。それもすぐになんて。妻を失った人や酔っ払った人は、失敗をするわねえ」
「ポールとリンダは完璧なカップルだったわ。彼女、名声もお金を狙うって印象なかったもん。実際、裕福なユダヤ系の家庭だったでしょ? 静かで充実した人だった。スポットライトを浴びることを求めなかったし、ポールといるだけで満足してた」
「ヘザーは決してリンダがそうであったようにはなれないようだ」
「ヘザーは世界で一番有名な人物と結婚したんだ、日々マスメディアに監視されると思わなかったのか。それなら彼女はあまりにお人よしか、彼女は私たちがお人よしと思っているかのどちらかだ」
人生を考えるための良い言葉が並んでいた。
May 18, 2006 07:40 PM | コメント (20) | トラックバック (0)
2006年05月17日
W杯中沢選手のアノ趣味:
小学生の頃、教師の態度でイヤだなあと思ったことは、
悪さをしたときに、教師が課す罰であった。
お前たちは、罰としてトイレ掃除をしろ
こうした罰は、子供ごころにもイヤだった。
なぜなら、「トイレ掃除=罰」ならば、
トイレ掃除を嫌な仕事であると思ってしまうからである。
昔の人はうまく言ったもので、
便所掃除をこまめにする妊婦は、美しい子がさずかる、
汚くしていると、難産になる、と言われたものだ。
これは、とかく汚れがちな便所をできるだけ掃除させるための説話であり、
妊婦はこまめに身体を動かした方が出産は楽になるだという智恵でもある。
妖怪伝承の本を読んでいたら、「便所の神様」がいることを知った。
昔のトイレは、今の水洗とは違って汲み取り式、
板の間に便器が置かれ、暗い穴が開けられていたものだ。
「便所の神様」は、盲目の女性だそうで、
便所につばを吐くと、眼病にかかるとも言われた。
仏教では、うすさま明王(写真参照)のことだろうか。
また箒神(ははきがみ)という、
掃除道具の箒(ほうき)に宿る神様もいる。
箒をまたぐと罰が当たるという言い伝えが残っている。
インド人に嫁いだ日本人の女性が、
夫の両親や妹たちを日本に招き、エプロン姿でかいがいしく掃除をし、
料理をつくってあげていたら、
「嫁は、メイドみたいだね」
と、姑や小姑たちに軽蔑して言われたそうである。
日本人家庭の主人がせっせと、トイレ掃除をするのを見て、
インド人が「そういうことは身分の低い人がするものだ」と
とがめた話を聞いたことがある。
せっかくしてるのに、なんだかなー、気分悪いよなー
と、「便所の神様」がおわす国に住む私は思う。
上記の日本人のとる態度は、いまだ日本で通用する美徳である。
自分のため、家族のため、人のために、何かをきれいにすることは実に気分がよい。
ドイツ人のきれい好きも、特筆に価する。
友人に聞くと、ドアのノブまで拭くという。
そしてトイレの芳香剤は置かないようにしているそうだ。
日本人家庭では、トイレに芳香剤を置いて臭いを「ごまかす」人が多いが、
トイレは本来臭いがなくて当たり前、
臭いがするのは
掃除が足りないと考えるわけだ。
実に、徹底している。
風呂に入る前、私は妻とフローリングの床をしっかり雑巾がけする。
掃除機やワックスがけではダメで、タオルで作った雑巾が一番使い心地がよい。
お風呂に入った後は、後始末の掃除を欠かさない。
最初は妻を手伝うつもりだったのだが、
やり始めるとけっこう楽しいし、夏場は本当に気持よく、まるで水遊びである。
第一、 掃除をしていると、無心になれるし、体操もかねている。
一種のストレス解消ができる。
ドイツW杯出場の中沢佑二選手の趣味は、お掃除だ。
気分転換のためには、ベランダまで洗うほどのマニアだから、
中沢選手もフットボールの練習や試合以外においても、
常に心と体を一体化して動かす効果を知ってのことだと思う。
すでに、きれい好きのドイツ人に負けてはいない。
実際、一般の私たちも、
掃除の後は気分がいいし、拭き掃除など体をかなり動かし、
身体の血の巡りもよくなっている。
心を写す
整理されない、汚い部屋は、自分の心の鏡だ。
やはりきれいにした部屋を使って仕事をすると、
はっと思うほど面白いアイディアだって浮かぶ。
きれいに・・・というと、タバコは体だけでなく、部屋も汚すからダメだ。
二年前に胃カメラを飲んだが、
モニター画面を見つつ、私は、自分のきれいなピンク色の食道、
胃壁をほれぼれと眺めたものだ。
内臓をきれいに保つことは健康を意味する。
ある雑誌の記事で、
毎日トイレ掃除をすることが生きがいにしている少年の話が載っていた。
彼は、小学生のとき、立っておしっこをしてよごし、
すごく自分でもイヤな気持になったそうだ。
お母さんから汚したら拭きなさいと教えられ
トイレ掃除を自分の担当にした。
初めは手袋をはめたり、ブラシを使ったりしていたが、
やがて素手で雑巾を使い便器を拭いたりしても平気になり、
その方が仕事がはかどり、さわやかな気分になったという。
子供のいるおうちでは、子供は掃除をしているのだろうか。
夜、進学塾で学んだ後、解放感で飛び出してくる小学生は、
もう十分、一日仕事をこなしたような顔をしている。
だから、台所を手伝うことも、掃除をすることも、
ましてやトイレ掃除をすることなどないに違いない。
そういう子供の態度に、盲目の便所の神様はお怒りあそばしているのだろう。
近頃の子供の目は、どんどん近眼になり、悪くなる一方である。
中沢選手には「掃除の神様」がついているから、
きっと、ドイツW杯では「空中勝負」の「ラッキー・ボーイ」になるに違いない。
May 17, 2006 12:40 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2006年05月16日
村上不安度(3):
村上ファンドを率いる村上世彰さんは、「資本の論理」を徹底させている。
ここで「資本の論理」というのは、
資本によって最大限の利潤を得て、
資本を増殖させていく強者の論理だ。
平たく言えば、カネ金かねの世界の肯定である。
資本で動く論理だから、国や社会への貢献は二の次だ。
戦争で儲ける武器商人たちを思い浮かべれば、よくわかるだろう。
ルールとモラル
むろん、村上ファンドが、ルールを無視して、
資本の論理を突き進んでいると言っているのではない。
むしろ、村上さんは、投資する場合、関連法や法令を徹底的に
調べ、違法行為はないかどうか、チェックしている。
ルールを順守する姿勢は十分評価できる。
しかし、私が「村上不安度」を13、15日の二回にわたり、書いてきて、
彼がやってきた投資活動をモラルの観点から見ると、
問題がかなりあるのではないか、と思う。
いうまでもなく、投資に限らず、ビジネスにおいては、
ルールの確立は必須だし、そのルールを遵守することはより重要である。
しかし、ルールを守りさえすれば、後は何をしてもよいというわけではない。
私たちはルールに従う場合、具体的には見えなくても、
ルールの周辺の規範にも従っている。
それは、義務によって支えられている規範である。
ここで規範というのは、人の行動の基準になるものである。
社会にはこういうものがたくさんあり、
これはルールだ、守らねばならないぞ、
と言われないでも、誰もがそれを守るということで、
安寧の日々が約束されているのだと思う。
この視点で、村上ファンドを考えてみよう。
村上さんは、ルールを守っていると胸を張る。
しかしそれは、違法行為はしていない、という意味に過ぎない。
たとえば、すでにご存知のように、
名古屋の松坂屋の株を買い占めたとき、
村上ファンドは、経営陣に次の恐るべき、えげつない要求をしている。
全従業員の解雇
これを要求することは、違法行為ではない。
しかし、この要求に応じて、もし全従業員を経営陣が解雇すれば、
現行の労働三法のどこかに抵触するに違いない。
あるいはそうでないとしても、ルール周辺で構成されている社会では
とても受け入れられる要求であろうとは思えない。
簡単に言えば、違法行為ではなく、モラル違反である恫喝(どうかつ)行為だ。
村上さんの生きている社会と私たちが生きている社会は同じだ。
義務を基底とした、安定した生活を人々が望む社会である。
しかし、彼は、そうした社会で備わったかけがえのない「共同財」を
腹がいっぱいになるほど享受しつつ、
一方で、「違法行為でない恫喝行為」を行い、
さまざまな「違法行為でないが非難されること」を
義務基調社会で行っているのである。
これって、簡単に言えば、アンフェアだし、汚いやつって言うんじゃない?
社会には義務が基底にあると信じている、健全な精神をもつ私たちは、
恫喝まがいのことをして、従業員全員を解雇しろ、
などという要求は絶対にできないはずだ。
そして、そういう穏やかな社会にいるからこそ、
恫喝まがいのことをしても、相手がいずれ改心することを信じ、
「阪神のSD村上Fに激怒」(日刊スポーツ本日付け10面記事)における、
星野仙一さん(阪神タイガースのシニア・ディレクター)のように、
「天罰が下る。間違いない。断言したる」
という発言をすることになるのである。
人々が恫喝しない環境を享受しつつ、資本の論理を振りかざす人を
そろそろ私たちは、星野さんに続いて、はっきりととがめるべきではないか。
自分たちは静かな環境で生活を享受しながら、
一方で、爆音を立てるバイクを生産する経営者。
ゆとり教育を推進しつつも、自分の子供は、
進学塾へ通わせ、公立中学をさけ、名門私立中学へ行かせる文科省官僚。
自分は絶対に食べないジャンクフードのフランチャイズ総帥。
義務基底社会には、あらゆるところに、
このようなアンフェアな人々が生きている。
今や、金銭万能の世の中である。
自由市場経済になり、資本の論理がわがもの顔になれば、
資本を持たない人たちが弱者になり、格差社会がひどくなるのは決まっている。
資本の論理を振りかざす人は、原資のほとんどを
偶然性の高い、相続とか、人の手柄とか、コネクションによって手に入れている。
同じ能力、同じ努力、同じDNAで資本を作ったわけではない。
こうした不公平な制度で得たものに過ぎない資本を利用する人は、
たっぷりと税金を支払い、社会に還元するべきであろう。
情報操作まがいのこと、恫喝まがいの行為をおこない、
株価を乱高下させ、額に汗して儲けたお金で株を買った個人投資家から、
富をひそかにかっさらうような行為は慎むべきであろう。
何千億円をつぎこむといった派手な行為であろうが、
アンフェアなビジネスを続けているというシンプルな事実は消せない。
資本の論理の前に、モラルの論理があることを知るべきだろう。
モラルという社会システムを利用していることで、
彼らの買収が可能になっている点を考えることがないならば、
単なる金の亡者ではないか。
星野SDさんは、
「(ライブドアの)ホリエモンは捕まって、
何であの人は(検察)に呼ばれないんや。
同じことをやっているのに・・・」
勝負師の勘が言わせる言葉だろう。
インサイダー取引ではないのか
村上ファンドの手法(の一部)は、
インサイダー取引規制に抵触していないのだろうか。
ご存知のように、日本法はインサイダー取引を規制している。
インサイダー取引とは、一般の投資家が知りえる前に、
未公表の情報に基づいて上場株式の売買をおこなうことを言う。
こうした不正行為が行われると、
証券市場に対する投資家の信頼が喪失される。
また市場の健全性や公正性が損なわれる。
だから、法律ができたわけだ。
インサイダー取引の対象となるのは:
1.会社の役員、従業員
2.役員の配偶者および二親等内の血族
3.帳簿閲覧権を有する株主(総株主の議決権の3%以上の株式を保有する株主)
4.関係会社、関係会社の役員およびその配偶者(親会社・子会社の役員等を含む)
5.上記の会社関係者でなくなった後一年以内の者など
インサイダー取引規制とは、インサイダーの立場で知りえた重要事実を利用して、
株の売買をした場合、処罰されるということだ。
問題の重要事実とは:
1.決定事項に関する重要事実
2.発生事案に関する重要事項
3.売上高等の予想値に重要な差異が生じた事実
4.上記「1」から「3」以外で会社の運営、業務又は財産に関する重要な
事実であって投資家の投資判断に著しい影響を及ぼす事実
(NB:子会社の項目は略)
上の規定項目を判断すると、
村上ファンドは、上記の重要事実や事項を知りえる立場で
知りえているにもかかわらず、株を売ったり買ったりしていることに
なるのではないか?
減らず口を叩く、優秀かつ好奇心旺盛なコメンテーターの皆さんの御意見はいかがですか。
怠慢な企業家を目覚めさせた、改革者として活動している、といった評価がある反面、
あまりにもあざとく、キャピタルゲインを奪うという印象が強く、
村上ファンドは、カネ・カネ・カネ、モノ・モノ・モノの社会を
築こうとしているように思える。
義務に支えられた日本社会に生きる人々に、
アメリカ仕込みの金銭万能主義を撒き散らすことで、
価値観の混乱を引き起こさせている。
また、株主の味方と名乗っているが、実際は、
それはタテマエに過ぎなく、考えていることは収益のみである。
ルールを守るといいつつ、実際は、ルールの裏をかくと思われるプラクティスに
腐心しており、システムの不備などは、自分に都合よいところは、
修正の要求さえしない。
天罰が下る。
「世界一小さい新聞」も星野さんの意見に強く同感であるのである(大隈重信侯の語り口)。
May 16, 2006 12:11 PM | コメント (36) | トラックバック (0)
2006年05月15日
村上不安度(2):
前回5月13日の記事で、私は、村上ファンドの投資会社としての特徴を三つ挙げた。
直言型株主
私募形式
ブランド・ファンド
村上ファンドが株を買占め出すと、すわ、買収か、
と見てしまう人がいるが、
あくまで株価を上げて、売り抜けることが、最大の目的だと見た方がよい。
結局ウリヌケ屋か
三つの特徴を活かす。
私募で「直言型でない投資家」の資金を集める。
狙った上場会社の株を買占め、
経営陣に株主への利益配分の要求をつきつける。
ブランド価値でマスコミに情報を流し、
株価を上げ、利益が十分に出たところで、
こっそりと売り逃げをする。
これが常套手段である。
村上ファンドの要求に経営者側が反応をして
配当増額することになれば、他の株主もうれしいではないか、
・・・と思うかも知れないが、
それはあくまで結果論であって、村上ファンドとしては、
それ以外でキャピタルゲイン(株による収益)を得られれば、上等なのである。
その証拠に、今回の阪神電鉄の買収により役員を送り込む姿勢を見せるまでは、
経営参加して何かをやろうと、四つ相撲をしたことはほとんどない。
実際去年のTBS株買占め騒動では、
ひそかに保有株を売り抜け、今年になってまたぞろ、
安いところを買い占めているニュースが流れた。
マスコミを通して、再び、買いあおり、
一般投資家がちょうちんをつけて(株価の動きに追随して相場参加すること)、
株が上がるや、また売り抜けるつもりなのだろう。
結果的には、マスコミは村上ファンドの宣伝隊という役割を担っていると言えよう。
では、具体的に、村上ファンドのどこに問題点があるのだろうか。
初めての敵対的TOB
村上さんは、日本で初の敵対的TOBを行ったと言われている。
TOBというのは、英語でTake Over Bid(株式公開買い付け)の略で、
企業の株式を大量に買い集めたい場合に、
新聞広告などを使って、一定の価格で一定の期間に
一定の株数を買い取ることを表明し、
市場外で不特定多数の株主から一挙に株式を取得する方法
のことだ。
普通TOBを行う場合、対象偉業の取締役会の賛同を得るのだが、
これを得ずに行うのを、敵対的TOBと呼ぶ。
村上さんは、これを「昭栄」という会社に仕掛けた。
2000年のことだ。
当時、昭栄は東証2部に上場され(今は東証1部)、
マンションなどの不動産や電気部品を扱う会社で、
不況の只中で業績もよくなく、株価もパッとしなかった。
村上さんが目をつけた点は、会社資産が莫大にもかかわらず
収益を上げないで、株価を低迷させている経営陣の怠慢だった。
1月21日に昭栄の株価880円に対して、
村上ファンドは、1000円でTOBを実施すると発表。
週明けの24日、25日はストップ高となって株価は暴騰した。
昭栄の筆頭株主で、昭栄株を60%以上保有していた「芙蓉グループ」が
この敵対的TOBに応じない方針を決定した上に、
昭栄も村上ファンドの要求の一部と一致する、
採算が取れない事業からの撤退や業務改善を発表したものだから、
TOBの期限の2月14日に集まった株は、全体の6%程度だった。
結局、日本初の敵対的TOBは失敗した。
これに懲りず、村上ファンドは株買占めを続ける。
莫大な遊休資産を持ちながら、売上が芳しくない「東京スタイル」
