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<title>記者リポート</title>
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<title>FC岐阜、県民が一体感持つ愛称は？</title>
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<summary type="text/plain">　晴れてＪリーグ入会を果たしたＦＣ岐阜の成功は、地元に根差したクラブになれるかど...</summary>
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<![CDATA[<p>　晴れてＪリーグ入会を果たしたＦＣ岐阜の成功は、地元に根差したクラブになれるかどうかにかかっていると思います。１月１１日、クラブ代表取締役社長の今西和男ゼネラルマネジャー（ＧＭ、６６）が頭を悩ましていました。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　「オール岐阜という意味でシンボルになれる何かがあればいいんだけどねぇ…」。話題が、チーム呼称に及んだ時でした。</p>

<p>　Ｊクラブの大半は地域名と愛称を組み合わせたものを採用しています。例えばお隣のクラブは名古屋グランパスエイト改め、０８年から名古屋グランパスを呼称としましたが、ＦＣ岐阜にはいまのところ愛称がありません。</p>

<p>　グランパス＝英語で名古屋のシンボルであるシャチを意味します。マスコットもＪ最強、いや最高の愛きょうを振りまく超人気者のグランパスくん一家で、シャチをキャラクター化したもの。他にもサンフレッチェ広島が、広島にゆかりの深い戦国武将の毛利元就の三本の矢の故事から、日本語の「三」とイタリア語の「フレッチェ（矢）」を合成したものを採用していることは、有名な話です。</p>

<p>　同様のパターンで岐阜にゆかりのある愛称を考えるため岐阜県公式サイト内の「岐阜県のシンボル」というページを見てみました。</p>

<p>　◆県花＝れんげ草<br />
　◆県鳥＝ライチョウ<br />
　◆県木＝イチイ<br />
　◆県魚＝アユ</p>

<p>　発想力が乏しいこともあるんでしょうが、どれも何だかピンときません。</p>

<p>　今西ＧＭとの雑談では長良川のウ飼いが有名ですから「鵜」はどうでしょうか？　なんて話も出ましたが、のどに引っ掛かった鮎を吐き出すシステムですから、何やら勝ち点も獲り逃がしそうな、少し嫌な予感も漂います。</p>

<p>　強引ですが、例えばアユ岐阜なんて名付けたとしても、連想するのは歌手浜崎あゆみ。歌姫あゆがスポンサーになってくれそうな予感もありません。冗談はさておき、これは結構切実な問題です。</p>

<p>　岐阜県は南北に広く、北の飛騨地方と、南の美濃地方では地形も気候も言葉も違います。正直、飛騨高山で生まれ育った私にとって、車で３時間近くかかる岐阜市は、遠い都会といったイメージでした。県民が一体感を持つというのはなかなか難しいのが現状だと思います。</p>

<p>　そこに登場した岐阜の名を持つＪクラブ。ＦＣ岐阜という存在の下に飛騨の人も、美濃の人も一体感を持てるようになれば、それがクラブの成功、強化につながるはずです。</p>

<p>　Ｊには少数派ですがＦＣ東京、横浜ＦＣのように愛称を持たないクラブもあります。愛称を採用するのか、このまま行くのか－－焦ることなく、じっくり考えて結論を出し、県民に愛されるクラブとして船出して欲しいものです。</p>]]>
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<title>競輪界は「格差」で活性化する</title>
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<modified>2008-01-16T14:28:13Z</modified>
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<summary type="text/plain">　年金、薬害肝炎問題らと並び、０７年を表す代表的なキーワードの１つに挙げられるの...</summary>
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<![CDATA[<p>　年金、薬害肝炎問題らと並び、０７年を表す代表的なキーワードの１つに挙げられるのが「格差社会」だ。一握りの大企業が収益を上げる一方で、多くの中小企業の業績は低迷。東京と地方の税収を比べても明暗はくっきりと分かれた。もちろん、新聞業界も同じ。一宮競輪場へ行くにも出張費が出る会社があれば、電車を乗り継いで１時間３０分以上かけて浜名湖競艇場に行っても、まったく出張費が出ない会社もある。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　「格差社会」の波は本格的に競輪界にも訪れようとしている。先日、０７年１２月２７日から１年間適用されるＳ級Ｓ班のメンバー１８人が決定した。最高ランクのＳ級のさらに上、Ｓ級Ｓ班は今回初めて創設され、グランプリ出場者、６月の高松宮記念杯から１２月の全日本選抜までのＧ１開催の賞金ランキング上位者の１８人で構成されている。いささか選考基準に疑問は残るが、選ばれた１８人は現在の競輪界を象徴する顔と言って間違いない。</p>

<p>　Ｓ級Ｓ班には多くの特権がある。通常、競輪選手は出走する開催を選ぶことができないが、Ｓ級Ｓ班に限っては基本的に自分で計画を立て、好きな開催に出走できる。Ｇ１、Ｇ２など、ビックレースにも優先的に出走できるほか、最長１カ月のオフもとることも可能だ。Ｓ級Ｓ班の１人、豊田知之（４０＝岡山）も「僕らの年齢だと、調整もしやすくなるし、ありがたいですね」と話すように、選手が常にベストの状態で走ることができれば、よりエキサイティングなレースが増えることにもなる。</p>

<p>　他にもレースのユニホームの差別化や、交通費も特別手当が支給されるなど、Ｓ級Ｓ班に所属するメリットを数え上げればキリがない。サラリーマンだって必死に「格差社会」と戦っている現代にあって、プロの世界で「格差社会」があるのは当然。むしろ、トップレーサーにとっては新たなステータスの誕生が大きなモチベーションとなり、競輪界の活性化へとつながるはずだ。　【川尻将志】</p>]]>
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<title>首位走るオーシャンズ支える縁の下</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nikkansports.com/general/nagoyawriter/10ueno/20080104.html" />
<modified>2008-01-04T09:56:10Z</modified>
<issued>2008-01-04T09:51:30Z</issued>
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<summary type="text/plain">　今年９月に開幕したフットサルＦリーグで初代王者を目指す名古屋オーシャンズが好調...</summary>
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<![CDATA[<p>　今年９月に開幕したフットサルＦリーグで初代王者を目指す名古屋オーシャンズが好調だ。開幕前は「１強７弱」とまで言われたＶ候補の大本命。開幕戦を引き分け、序盤こそもたついたが、第１２節（１２月８日）に首位に立つと、前節２３日の第１５節では２位浦安との直接対決を制し、勝ち点差を５に。「定位置」をガッチリ守った。</p>]]>
<![CDATA[<p>　首位を快走する要因のひとつが、ここまで大きなケガ人を出すことなく戦えている点だ。実は名古屋の登録選手数は参加８チーム中、２番目に少ない１７人（最少は大分の１６人）。少数精鋭で戦うだけに、ケガで選手が長期離脱は唯一とも言える不安要素だった。</p>

<p>　選手個々の意識の高さもさることながら、フィジカルコーチ、トレーナーらスタッフ陣の働きがあってのこと。「少しは僕らも貢献できてるかな。でも最初は大変でした」。そう振り返るのは府川俊一朗トレーナー（２５）だ。</p>

<p>　愛知・東邦高を卒業後、アスレチックトレーナーと鍼灸の専門学校にそれぞれ３年ずつ通いながら、母校サッカー部やＪリーグ名古屋ユースで経験を積み今年４月、名古屋の専属トレーナーに。だが選手に存在を認めさせるのは簡単ではなかった。</p>

<p>　「選手は体が商売道具。特にウチは意識が高い選手がそろっている。今思えば僕も認められようと、自分の考えを押し付けようとしていた面もあった」。特に言葉の壁があるボラ、マルキーニョスらブラジル人選手の顔には「こんな若造に体預けて大丈夫？」と書いてあったという。</p>

<p>　とにかく観察することから始めた。練習中に選手の動き、表情をじっと見つめ続けた。ある日、シュート練習を終えたマルキーニョスが、休憩中に水を飲みながら股関節を気にしているのが目に入った。「少し違和感がある」というマルキーニョスに「気になったらいつでも言ってきて」と伝えた。「筋肉が張ってたのでマッサージしました。大事にならなくて良かったです」。コミュニケーションの大切さを痛感した。</p>

<p>　１１月には故障明けで２試合ぶりの復帰戦となるボラが「お前のためにゴール決めるからな」と言ってくれた。言葉通り２得点の活躍。「半分冗談でもそう言って活躍してくれたのはうれしかった」。そうやって少しずつ信頼関係を築いていった。</p>

<p>　残り６試合。選手から「フッキー」の愛称で親しまれる２５歳は「今チーム状態はすごくいい。このまま誰も離脱せずに最後まで勝ち続ければ最高です」と話す。首位を快走するチームの縁の下には、こういう存在も欠かせない。</p>]]>
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<title>山内と長谷部、本当の戦いはこれから</title>
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<modified>2007-12-16T13:16:07Z</modified>
<issued>2007-12-16T13:12:49Z</issued>
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<summary type="text/plain">　同じ高校出身、それも同じ投手。愛知・杜若高出身の右腕・山内壮馬（２２＝名城大）...</summary>
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<![CDATA[<p>　同じ高校出身、それも同じ投手。愛知・杜若高出身の右腕・山内壮馬（２２＝名城大）、左腕・長谷部康平（２２＝愛工大）が中日、楽天からそれぞれ１巡目指名を受け、先日２人とも入団発表を行った。熱望していた同じリーグとはいかなかったが、オープン戦、交流戦、日本シリーズなどでの対戦が今から待ち遠しい。</p>]]>
<![CDATA[<p>　２人の出会いは高校入学後の練習だった。長谷部の当時の身長は１６８センチ。一方、山内は１７５センチ。山内は心の中で思った。「こいつは競争相手じゃないな」。無理はない。長谷部の当時の球速は１１７キロ程度。現在、最速１５２キロを誇る左腕は見る影もなく、１年生５人の投手の中で下から２番目の球速だった。</p>

<p>　新入生の中で実力、体格ともに頭１つ飛びぬけていた山内は“将来のエース候補”としてその夏にベンチ入りを果たす。そんな関係が２年生になると少しずつ変化した。ひと冬を越えて体がひと回り大きくなった長谷部は格段に成長。２年夏、制球力をかわれ山内より先に背番号「１」を手にした。ここからは２人の背番号を巡る戦いが始まる。</p>

<p>　２年秋、３年春と山内がエースナンバーを奪取。そして迎えた最後の３年夏、背番号「１」を手にしたのは長谷部だった。杜若高の関康行監督（４９）は振り返る。「長谷部の成長はすごかった。特に球威に加えてコントロールが良かった。だから長谷部が先発。山内が抑えとして考えていた」。山内は長谷部が背番号「１」の布をひらひらとさせる光景が今でも目に焼きついているという。</p>

<p>　結局、その夏の県大会は準決勝で豊川に敗退。先発・長谷部が６回３失点。２番手山内は３回無失点に抑えたが味方の援護はなかった。中日から指名された山内は会見の席で長谷部のことを問われて「今までもこれかも競争。先に１勝したい」とキッパリと話した。２人の物語はまだ始まったばかり。本当の勝負はプロに入ってからだろう。今後とも同級生ライバルには注目したい。</p>]]>
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<title>Ｖにヤジ、競輪は人間が走るから面白い</title>
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<modified>2007-12-13T14:39:27Z</modified>
<issued>2007-12-12T06:37:24Z</issued>
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<summary type="text/plain">　異様な表彰式だった。ファンから心ないヤジも飛んだ。ヒーローも複雑な表情だった。...</summary>
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<![CDATA[<p>　異様な表彰式だった。ファンから心ないヤジも飛んだ。ヒーローも複雑な表情だった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　競輪はあくまで個人競技。しかし、最終４コーナーまではラインと呼ばれるいくつかのグループに分かれての対抗戦だ。風圧による体力ロスを避けるため、選手は前の選手を風よけに使う。レースが動き出すまで９人が１列棒状に並んで走っているのを見たことがないだろうか。だいたい残り１周半を迎えると各ラインの駆け引きが始まる。機動力に自信のある選手が仕掛けて、そこに同県、同地区、遠征同士、あるいは競輪学校の同期など、つながりのある追い込み選手が続く。</p>

<p>　各ラインの先頭を走る選手は、自転車１台分のリードを生かして逃げ切りを図るが、最後は力尽きることが多い。競輪選手のトップスピードは時速６０キロを超える。先行した選手は全身で風を受けているのだから失速するのも無理はない。有利なのは先行選手の真後ろ（２番手）にいる選手だ。脚力を温存してゴール前で先行選手を抜けばいいのだから。３番手、４番手になるにつれて勝ち目は薄くなる。</p>

<p>　各競輪場では年に１度、全国からトップクラスを集めて開設記念競輪が開催される。お祭りであり、地元選手にとっては晴れ舞台だ。先日行われた一宮記念決勝戦で中部ラインの先陣を任されたのは北京五輪代表候補の永井清史（岐阜）。同県の山口幸二（岐阜）が続くと思われたが、地元の主役・一丸安貴（愛知）に２番手の位置を譲って自身は３番手と宣言した。ファンも山口の意図を感じ取ってか一丸が断トツの１番人気だ。</p>

<p>　レースは予想通り中部ラインが主導権を奪った。ゴール前で一丸が永井を捕らえたが、なんと３番手から山口が強襲して優勝をさらったのだ。一丸の優勝を信じて車券を買ったファンが、表彰式に臨む山口にば声を浴びせた。しかし、競輪は勝負なのだ。面食らった山口も一瞬、エキサイトしたが、すぐに冷静になり「ボクから買ってくれたお客さんもいる。全力で勝負しなきゃ一丸君にも失礼になる」とファンに説明した。地元Ｖを逃した一丸もだれを恨むわけでもなく「自分の力不足。ただ、それだけです」と潔かった。ラインの絆と個人の勝負。競輪は人間が走るから面白い。</p>]]>
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<title>最愛の夫失った場所で復活の女子レーサー</title>
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<modified>2007-11-27T11:26:30Z</modified>
<issued>2007-11-16T11:20:14Z</issued>
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<created>2007-11-16T11:20:14Z</created>
<summary type="text/plain">　最愛の夫や妻を突然、失うショックの大きさは、記者のような独身の身でも容易に想像...</summary>
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<![CDATA[<p>　最愛の夫や妻を突然、失うショックの大きさは、記者のような独身の身でも容易に想像はできる。競艇女子レーサーの佐々木裕美（２８＝山口）は今年２月、夫の坂谷真史（享年２７）をレース中の事故で亡くした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　誰もが危険を伴う職業だと覚悟はしていても、身近に起こった悲しみを割る切ることは容易ではない。記者は佐々木が引退しても仕方ないと思っていたし、もし自分が同じ立場に置かれても『復帰』という選択はできないだろうと感じていた。</p>

<p>　しかし、１０月１３日に佐々木は水面に帰ってきた。場所は事故の起きた悪夢の住之江競艇場だった。「夫と一緒に参加するつもりで、あえて（復帰の場所は）住之江を選びました。私が頑張って走ることによって、ファンの方々に坂谷を忘れないでほしい…」。</p>

<p>　できることなら忘れてしまいたいほどの深い悲しみ。それを自らが抱え込むことで、夫の存在をいつまでもファンの胸に刻みつけたい。壮絶な覚悟を胸に住之江参戦を決断した。</p>

<p>　復帰を決めた裏には別の思いもあった。忘れ形見となった子どものことだ。「父親がどんな仕事をしていたかを教えるためには、私が選手をしていた方が分かりやすいと思った。悩んだけど、子どものために選手を続けることにしました」。死と隣り合わせの危険な職業、子どものために選手を辞める選択肢もあっただろう。だが、佐々木は違った。父親はどんな人だったのか。どれほど尊敬できる人物だったのか。それを身を持って子どもに教えるために、あえて復帰の道を選んだ。</p>

<p>　復帰後４走は大敗が続いたが５走目には１着を取った。スタートを決めて、強気に攻め込む佐々木らしいレースだった。いったんは別の艇に抜かれたが、道中の再逆転で待望の白星。実戦から遠ざかるブランクは感じさせたが、レースの合間にはひたすら試運転を繰り返し、勘を取り戻そうとした。その姿は単純に、佐々木自身が『レーサーとして真の復帰を遂げる！』という思いだけのように映った。</p>

<p>　悲しみを乗り越えて、新たに前へと歩き始めた佐々木。ともすれば、涙のエピソードばかりが注目を浴びるが、記者はひとりの選手として真の復活を期待する。愛らしいルックスとは裏腹に、水面では勝ち気な姿勢を前面に押し出す。そんな場面を何度も見てきた。「旦那は私が出産したときも、選手をやめろとは言わなかった。私を応援してくれたし、尊敬してるとまで言ってくれた」。悲しみと絶望の淵から甦った佐々木の今後を心から応援したい。</p>]]>
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<title>名古屋の名伯楽が大毅にエール</title>
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<modified>2007-11-08T10:23:47Z</modified>
<issued>2007-11-04T10:18:31Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「内藤??大毅」。社会問題化した１０月１１日のボクシング世界戦については日刊ス...</summary>
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<![CDATA[<p>　「内藤－大毅」。社会問題化した１０月１１日のボクシング世界戦については日刊スポーツ紙上を含め、さまざまな報道が続いている。少し落ち着いてはきたが、依然としてＪＢＣ、所属ジムによる処分。当事者の会見など、新しい動きもある。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　東京が舞台のこの大騒動に、名古屋で複雑な思いを抱いている人がいる。名古屋きっての名門、松田ジムの松田鉱二会長だ。</p>

<p>　日本ボクシング史を彩る「世紀の一戦」の当事者。９４年１２月４日の「薬師寺－辰吉」の興行権を破格の３億４２００万円で落札し、地元開催を実現させた。詰め掛けた９８００人の大観衆を計９０３発のパンチの応酬で熱狂させ、２－０判定で薬師寺が勝利を収めた歴史に残る一戦を取り仕切った人物だ。当時大学生だった筆者も会場で熱狂した１人だった。</p>

<p>　「内藤－大毅」も入札ではなかったが、ファイトマネーの合計額３億ともいわれる破格の条件での日本人対決だった。</p>

<p>　共通点はあるが、違いは大きい。同会長はいまでも２～３カ月に１度は１３年前の名勝負を録画したビデオをデッキに入れ、じっと見入るという。「とにかく見とると、気持ちがいいんだよね」。まな弟子の薬師寺が勝ったこともある。だが、両者が力を出し切り、正面からぶつかり合った名勝負だったから、格別な気持ちになれるという。</p>

<p>　大毅の今後も気遣っていた。実は薬師寺も世界を獲る前に、今回の大毅と似たような出場停止処分（６カ月）を経験している。原因はリング外の不祥事（公道での暴走行為）によるもので、今回のリング上の暴挙とは一線を画す。だだ、リングに上がれない状況はほぼ同じだった。</p>

<p>　耐えるしかない６カ月。厳しいトレーニングに付き合った日々を思い返し同会長は「（大毅は）まだ若い。６カ月と１年は違うかもしれないが、もう１度やり直すことは、できるはず」とも口にした。</p>

<p>　表面上は父離れから出直した格好になった亀田３兄弟。もちろんベルトも大事だが、現役引退から１０年以上たっても何度も見返したくなるような名勝負、心躍るそんな財産を目指したらどうか－－名古屋の名伯楽の優しい口調は、そう訴えかけているようにも感じた。</p>]]>
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<title>競輪版クライマックスシリーズも熱い！</title>
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<modified>2007-10-25T07:50:13Z</modified>
<issued>2007-10-20T07:48:13Z</issued>
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<created>2007-10-20T07:48:13Z</created>
<summary type="text/plain">　プロ野球はいよいよクライマックスシリーズに突入。セ・リーグの第１ステージでは中...</summary>
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<![CDATA[<p>　プロ野球はいよいよクライマックスシリーズに突入。セ・リーグの第１ステージでは中日が阪神に連勝。巨人が迎え撃つ第２ステージがスタートした。さらに日本シリーズへの出場権を巡って熱いバトルが繰り広げられるわけだが、競輪界でクライマックスシリーズ同様のトーナメント方式で注目を集めているのが「レインボーカップ」だ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　　レインボーカップはファーストステージ、セカンドステージ、ファイナルの３ステージで構成され、約３０００人のＡ級選手の中から激戦を勝ち抜いたわずか９人（ファイナルでの最終日決勝戦のメンバー）がＳ級へ特別に昇級できる制度だ。</p>

<p>　現在の競輪はＳ級とＡ級の２層制で、半年間の２期制で行われている。Ａ級からＳ級に昇格するには、３場所連続完全Ｖで特別昇級する方法もあるが、極めて現実味が薄い。半年間で２００位以内の成績を残し、その成績が反映されるさらに半年後に晴れてＳ級昇格を果たすのが通常だ。つまり普通に走っていては１年間は最低でもＡ級生活を送らなければならない。それがレインボーカップを利用すれば、半年間での昇格が可能。しかも、昇格後は１年間のＳ級定着が保障される特典付きだ。</p>

<p>　今月の３日から四日市競輪場でレインボーカップセカンドステージが開催された。出場選手の中には１週間前にレースで落車し、肩を骨折しながら強行出場した選手もいた。「来期もＡ級だし、このチャンスを逃したくなかった。気迫だけで来ました」と悲壮感を漂わせて話す姿にはレインボーカップの重み、Ｓ級へはい上がろうとする意地が満ちあふれていた。</p>

<p>　中部地区で１２月５日から３日間、豊橋競輪場でレインボーカップファイナルが開催される。各地でハイレベルの戦いを勝ち抜いた５４人が参加し、９枚のＳ級へのチケットを巡って壮絶な最終バトルを繰り広げる。将来性抜群の未来のスター候補性もずらりと顔をそろえるだけに、純粋にレベルの高いレースを楽しむことができる。競輪版クライマックスシリーズにぜひ、注目して欲しい。</p>]]>
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<title>「みる」と「やる」をつなぐパイプに</title>
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<modified>2007-10-16T09:59:31Z</modified>
<issued>2007-10-08T09:56:24Z</issued>
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<summary type="text/plain">　フットサルが新時代に突入した。９月２３日、初の全国リーグとなるＦリーグが開幕し...</summary>
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<![CDATA[<p>　フットサルが新時代に突入した。９月２３日、初の全国リーグとなるＦリーグが開幕した。東京・代々木第１体育館で行われた開幕戦には、約７０００人のファンが詰めかけた。Ｆリーグの大仁邦彌最高執行責任者（ＣＯＯ）は「Ｆリーグへの期待のあらわれ。この期待を裏切らないようにしたい」と話した。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　現状、フットサルは圧倒的に「みる」よりも「やる」競技だ。１９９４年に「フットサル」と名称統一された後、Ｊリーグの盛り上がりや日本代表のＷ杯出場などによるサッカー人気の高まりに、性別や年齢を問わず少人数でやれる気軽さなどが重なり、競技人口が爆発的に増えた。愛好者は現在、約２００万人いる。一方、「みる」競技としては、もともと競技としてのフットサルが盛んな関東で固定のファン層がわずかに存在する程度。やる競技として極めて高い人気を誇る反面、みる競技としての認知度はまだまだだ。</p>

<p>　「みる人とやる人をつなぐ。Ｆリーグのピッチは、これからそういう場にならないといけない」。リーグ関係者の１人は開幕戦を見つめながらこう話した。プレーしたことがある人、これからやってみたい人、やらないけど見るのが好きな人、そんな人たちの足を会場へ運ばせる。「みる」フットサルを一般に認知させ、「みる」と「やる」をつなぐ太いパイプとなることがＦリーグ成功のカギとなる。</p>

<p>　実際に会場でみると、スピード感や迫力に目を奪われる。テンポの速いボール回し、テクニカルなプレーから次々とシュートが生まれる。接触プレーに制限が設けられている分、サッカーより速さと技術が際立ち、攻守がめまぐるしく変わるため、一瞬たりとも目が離せない。みる競技としても十分に可能性を秘めていると感じた。</p>

<p>　９月２９日にパークアリーナ小牧で行われた名古屋オーシャンズのホーム開幕戦は雨模様の中、１６０３人の観衆を集めた。名古屋の桜井嘉人代表取締役ＧＭは「これだけの人がきてくれた。じーんときました。ここからです」と子供たちの姿が目立つ観客席に目をやりながら話した。</p>

<p>　サッカー初の全国リーグであるＪＳＬ（日本サッカーリーグ）が誕生したのが１９６５年。地域への定着、観客動員やスポンサー、チーム経営の安定…。時間をかけて様々な問題をクリアし、Ｊリーグが誕生したのは９３年のことだった。Ｊ同様に将来のプロ化を目指すＦリーグ。ひとつひとつ課題を克服し、着実に根付いてほしい。</p>]]>
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<title>堂上剛の活躍がうれしい「先輩」親子鷹</title>
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<modified>2007-10-10T08:33:58Z</modified>
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<![CDATA[<p>　中日堂上剛裕内野手は、選手寮・昇竜館館長の照さん（５６）の長男だ。入団当初から親子鷹として注目され、昨秋、弟の直倫内野手（１９）が入団してから、あらためてスポットが当たるようになった。それが刺激になったのか、今季は１軍抜てきのチャンスを生かし、７月２９日ヤクルト戦（神宮）でプロ初本塁打。投手ながら通算４本塁打を記録した照さんとの史上６組目の「親子アーチ」を実現したのは記憶に新しい。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　そんな堂上剛に優しい視線を送り続ける人がいる。オリックス堀井和人スカウト部長（５９）。堂上剛がドラフト６巡目で中日入りした０３年は、近鉄スカウトとして獲得を目指していた。「欲しい選手だったんよ。何とか指名できないかとかなり調査を進めていた。プロ１号を打ったと聞いたときはうれしかったわ」。チーム事情により指名できなかったが「モノになる」と踏んだ選手。活躍を見届けるのは、スカウト冥利に尽きるのだろう。</p>

<p>　ただ、堀井スカウトの思いはもう少し深い。南海での現役時代、堂上親子と同様に「親子アーチ」を記録した過去があるからだ。昨年亡くなった父・数男さん（享年８２）は昭和２０年代、南海勃興期の名外野手。実働１６年で１５１３安打、８０本塁打を記録している。その父のいる南海に、悩んだ末に飛び込んだ。「オヤジは当時スカウト部長。現役のコーチだったら、入っていなかった。同じ外野手で比較されるし、気を遣うやろ」。同じチームに父がいるという複雑な心の機微は、当人でしかわからない。結局１０年プレーし、３本のホームランを放った。</p>

<p>　堀井スカウトは幼少時代、南海の本拠地・大阪球場が見える大阪・阿倍野に住んでいた。球場の照明がパッと落ちるのを合図に、母が「夜食」の仕度を始める。それが、現役時代の父に関するおぼろげな記憶だという。堂上剛もプロ１号を放った直後「（照さんの）ホームランの映像は見たことがない」と言った。父が現役を引退した後に父の大きさを知るというプロセスは、面白いように重なっている。</p>

<p>　堀井スカウトは言う。「親子ホームランもそうやけど、うちは親子とも日本シリーズに出場してるんや。ちょっとすごいやろ」。確かにすごいが、数々の共通点を考えると、こう思ってしまうのだ。堂上剛も、８２年の日本シリーズに出場した照さんに続き、今年の日本シリーズでベンチ入りするのではないか、と。</p>]]>
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<title>甲子園経験した２年生たち、リベンジの秋</title>
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<summary type="text/plain">　東海３県の２年生投手３人にとって今夏の甲子園は悔しさだけが募った大会だった。甲...</summary>
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<![CDATA[<p>　東海３県の２年生投手３人にとって今夏の甲子園は悔しさだけが募った大会だった。甲子園初登板の大垣日大右腕・吉田研斗投手は新潟明訓（新潟）との３回戦に２番手として登板。得点差が開き、エース森田貴之投手（３年）を休ませる起用だったが、１回持たずに１安打３失点でＫＯ。休ませるはずの森田は再びマウンドに上がった。常葉学園菊川（静岡）との準々決勝でも２番手として登板したが、投げたのは打者１人でたったの１球。試合後は「もう１度甲子園に帰ってきたい」と言うのがやっとだった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　愛工大名電の豪腕・高須諒投手は１回戦の創価戦（西東京）に先発。こちらはストライクが入らず４四死球を与え、１回を持たずに２安打３失点で降板。三重県予選で自責点０に抑えた実績と、１４７キロの直球を引っさげて臨んだ宇治山田商の右腕・平生拓也投手（２年）も散々だった。佐賀北（佐賀）との初戦で制球力を欠き、６回７安打３失点で降板。同校との再試合でも２番手として７回からリリーフしたが１回１／３を投げ４安打５失点。「球の速さだけじゃなくコーナーに投げ分けることが重要だとわかった」とガックリ。結局期待された３人の２年生投手は、本来の力を発揮することなく、甲子園を後にした。</p>

<p>　だが、悔しさを味わった３人に落ち込んでいる時間などない。来春のセンバツにつながる秋季県大会が愛知、岐阜が１５日、三重が２２日に開幕。リベンジの舞台は目前に迫っている。各県とも上位３校が来春センバツの重要な参考資料となる秋季東海大会（１０月２７日開幕・静岡）への出場権を得る。</p>

<p>　今年は東海３県でも岐阜城北（岐阜）の右腕・伊藤準規投手、菰野（三重）の右腕・西勇輝投手、享栄（愛知）の左腕・八木亮祐投手ら、今夏の地方大会で活躍した同じ２年生の好投手がズラリとそろう。だが、個人的には甲子園を経験した２年生投手陣に期待をしている。東海３県で甲子園を経験した２年生投手は３人だけ。悔しさをバネに進化し、力投する３人の姿が今から楽しみだ。</p>]]>
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<title>業界初、津競艇が行う粋な計らい</title>
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<modified>2007-09-04T12:40:15Z</modified>
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<summary type="text/plain">　競艇界は２８日から愛知県・蒲郡競艇場でＳＧ「モーターボート記念」がスタートして...</summary>
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<![CDATA[<p>　競艇界は２８日から愛知県・蒲郡競艇場でＳＧ「モーターボート記念」がスタートして、連日盛り上がっている。日刊スポーツでも企画満載で掲載しているが、津競艇ではファンと施行者が一体となった企画がスタートしようとしている。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　９月５日から１０日まで、津競艇で行われる「ＪＬＣ杯争奪戦」で、津は各レースに一般公募で冠名を募集する「冠協賛レース」を実施する。１レースにつき１万円、優勝戦は２万円の協賛金を支払い「●●結婚記念」「○○誕生記念」などのレース名をサブタイトルとして付けられる。特典として当日の出走表にレース名などが掲載され、場内テレビやＣＳ放送でも紹介される。さらに当日は４人以内まで特別席に招待するという、ファンにとっては最高のプランが用意されている。</p>

<p>　競艇では協賛レースが行われた際、集まった協賛金を社会福祉を目的とした団体に寄付するパターンが多い。今回の津競艇も同じ方法を取り入れるが、寄付先が （財） 日本対がん協会の“乳がんをなくす　ほほえみ基金”となったのだ。詳しくは別項を見てもらいたいが“ほほえみ基金”に寄付するのは業界で初の試み。今回の決定について津競艇の施行者は「来年３月に津で女子王座決定戦（Ｇ１）が行われますし、女性の観点に立った寄付先を考えました」と話した。当地で開催されるビッグレースを見据えて、施行者がアピールしたい意味合いも感じたが、主役は“女性”というのを大きく印象付けた。</p>

<p>　粋な計らいとはいえ、今回の企画は喜ばしいことと思う。プロの女子競艇選手は現在約１５０人前後いるが、１人１人が生身の女性なのだ。乳がんという病気を正面からとらえて、考えて、今回の寄付ニュースを見て何かを感じ取るはず。これからの津施行者の取り組みとともに、選手たちの動向も見守りたい。【津波謙次】</p>

<p>　◆ （財） 日本対がん協会　がんの早期発見や早期治療、生活習慣の改善によって、がんの撲滅を目指す趣旨で１９５８年（昭３３）８月１日に設立された。現在は東京に本部があり、全国４６道府県に支部がある。</p>]]>
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<title>鉄人？アニキ？MF藤田の愛称は？</title>
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<modified>2007-08-23T08:36:24Z</modified>
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<summary type="text/plain">　サッカー界ならやはり「キング」こと横浜ＦＣカズだろう。「王子」といえばハンカチ...</summary>
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<![CDATA[<p>　サッカー界ならやはり「キング」こと横浜ＦＣカズだろう。「王子」といえばハンカチかハニカミ、「アニキ」なら阪神金本か。スポーツ紙に愛称のたぐいは非常に多い。だが、担当する名古屋の顔でもあるＭＦ藤田俊哉（３５）には、なかなか当てはまる呼び名がない。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　プロ１４年目の今季、リーグ前半戦で史上初のＪ１最多４００試合出場を果たした。Ｊ１５年の歴史のほとんどを、第一線で活躍している。最多出場は「鉄人記録」の一つ。しかし藤田は１７４センチ、６４キロとＪでもひときわ小柄。ケガには強いが「鉄人」の呼び名はどうもピンと来ない。小学校３年生になる藤田のまな娘にぶつけても「鉄人？　パパは違うよね」と言われてしまった。</p>

<p>　ピッチ外では「会長」の顔も持っている。今年からＪリーグ選手協会会長に就任したからだ。ならば「会長」と呼んでみようか…。これもどこか違う。</p>

<p>　こうなれば、本人に聞くしかない。鉄人、会長、あるいは…。</p>

<p>　藤田　昔から「トシヤ」しか言われたことがないね。鉄人？　何も鉄人じゃないよ。高校、大学とすい炎、肝炎にもなったし、大学時代は、はしかと風しんにもかかったよ（笑い）。</p>

<p>　直撃は不発に終わったがある意味、真理に到達した気もした。ピッチ外での振る舞いが顕著だが、いつでもさりげなくサラリとやってのける。</p>

<p>　先日はサポーターへのサインと記念撮影を一通り終え、車に乗り込みサングラスをかけたところで、再び別のサポーターから「俊哉さ～ん」と、カメラのレンズを向けられた。すると、軽やかに車を降り、サングラスを外して笑顔で応じていた。ユニホームを脱いでも、プレー同様、どんなこともさりげなく流れるようにこなす。</p>

<p>　藤田　ニックネーム？　特別な何かがないのがオレでいいんじゃない。難しかったり、つらい状況でも飄々（ひょうひょう）とやるのが自分のイメージで、ポリシーだからね。</p>

<p>　自然体の藤田に、余分な呼び名はいらないようだ。いつどんな時でもシンプルで着飾ることのないその姿勢の積み重ねこそが、前人未到の４００という数字の秘けつのような気がする。</p>]]>
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<title>初心者教室や試乗会、競艇もっと身近に</title>
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<modified>2007-08-22T07:50:31Z</modified>
<issued>2007-08-15T07:48:42Z</issued>
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<summary type="text/plain">　競艇場で選手たちを取材して、予想やコメントを紙面に掲載するのが記者の仕事だが、...</summary>
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<![CDATA[<p>　競艇場で選手たちを取材して、予想やコメントを紙面に掲載するのが記者の仕事だが、たまにイベントなどに協力させてもらうことがある。先日、津競艇で開催された日刊スポーツ杯の最終日に行われた「初心者競艇教室」で講師を務めさせてもらった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　講師の肩書きは正直、プレッシャーがあるが「予想を当てないと！」という気合以上に「競艇をアピールしたい」という気持ちの方が大きい。予想記者という業務は、読者の反応をうかがう機会が少ないので、ファンと直接、触れ合うことができるイベントは、記者も本当に楽しい。</p>

<p>　初心者教室と銘を打っているものの、基本的に募集告知はレース面に掲載されるので、初心者ばかりとはいかない。しかし、ゲストとして参加してくれた三重の安達裕樹選手の話や、記者のまずい解説にも、熱心に耳を傾けてくれるのはみなさん同じだ。</p>

<p>　その中には、初めて競艇を目にした方もいた。そこで出走表の見方、レース用語など、本当に初歩的なことからお話しすると、見事に予想が的中。当たり舟券を手にして、うれしそうな姿を見ていると、記者も競艇を始めたばかりのことを思い出し、初心に戻される思いがした。</p>

<p>　今回はピット見学会も同時に行われた。競艇ファンにとって、言わばピットは聖地みたいなもの。近年はＣＳ放送などの充実もあり、ピットの様子が詳細に紹介されているが、実際に見るのとは全然違う。プロペラ調整に励む選手や、ズラリと並んだボートを眺めると、今まで以上に競艇を身近に感じることができる。</p>

<p>　このようなイベントは各場で積極的に行われている。初心者教室に限らず、選手を招いたイベントも多い。特におすすめなのが「ペアボート試乗会」。２人乗りのボートで水面を走るのだが、後ろで選手が操縦してくれるので安心。水面を滑走するスピード感は、経験した人にしか分からない。それが舟券の予想に役立つわけではないが、レースを見る目が変わるとは思う。競艇という競技の奥深さを知る意味でも、ペアボートをはじめ、いろんなイベントに参加してみてほしい。【山本善憲】</p>]]>
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<title>競輪界の“ハニカミ王子”の弱点は？</title>
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<modified>2007-08-02T08:33:46Z</modified>
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<summary type="text/plain">　最近のスポーツ界はまさに“王子ブーム”。野球の斎藤祐樹、ゴルフの石川遼を筆頭に...</summary>
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<![CDATA[<p>　最近のスポーツ界はまさに“王子ブーム”。野球の斎藤祐樹、ゴルフの石川遼を筆頭に、ルックス、さわやかさが売りの若手選手の台頭が顕著だ。そんな中、競輪界にも１人、期待の王子がいる。将来の競輪界、自転車競技を背負って立つであろう、北津留翼（２２＝福岡）がその人。輪界の“ハニカミ王子”の動向から目が離せない。<br />
　</p>]]>
<![CDATA[<p>　実績は申し分ない。０３年には世界ジュニア選手権でスプリント、ケイリンの２冠を達成。昨年１２月のアジア大会ではスプリントで金メダルを獲得した。来年の北京五輪、続くロンドン五輪でも日本の中心選手としての活躍が期待されている。最近では本業の競輪での成績も急上昇。最高クラスのＧ１の常連となり、決勝シートも獲得した。今がまさに伸び盛りだ。</p>

<p>　いつも北津留の周囲には笑顔がある。殺ばつとした空気が漂う、厳しい勝負の世界に身を置きながら「僕は自転車が好きなんで」と心から自転車に乗れる喜びを感じ、レースを楽しんでいる。それが先輩選手や、マスコミからもマスコット的存在として愛されている所以だ。北津留がこのまま成長してくれれば…。停滞する競輪界のムードをガラリと変えてくれるだけの存在感を持っている。</p>

<p>　福岡県出身の競輪選手と言えば、日刊スポーツ評論家の中野浩一氏、昨年末に電撃引退した吉岡稔真氏の名前がすぐに挙がる。競輪は福岡県の小倉で誕生した歴史があり、福岡出身の選手は、競輪界をリードしていく宿命を背負っているのかもしれない。中野氏も「オレがデビューしてから１５年後に吉岡が出てきた。それからまた１５年後に北津留がデビューした。彼には後継者となる資格と素質がある。若いうちにタイトルを取って欲しい」とエールを惜しまない。</p>

<p>　すべてのスター性を備えている北津留だが、独身の女性ファンをつかむ意味ではウイークポイントが１つだけある。それは「早く生活を落ち着けてたかった」と、すでに結婚して２人の子供が…。</p>]]>
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