2008年01月20日

FC岐阜、県民が一体感持つ愛称は?:八反誠

 晴れてJリーグ入会を果たしたFC岐阜の成功は、地元に根差したクラブになれるかどうかにかかっていると思います。1月11日、クラブ代表取締役社長の今西和男ゼネラルマネジャー(GM、66)が頭を悩ましていました。

 「オール岐阜という意味でシンボルになれる何かがあればいいんだけどねぇ…」。話題が、チーム呼称に及んだ時でした。

 Jクラブの大半は地域名と愛称を組み合わせたものを採用しています。例えばお隣のクラブは名古屋グランパスエイト改め、08年から名古屋グランパスを呼称としましたが、FC岐阜にはいまのところ愛称がありません。

 グランパス=英語で名古屋のシンボルであるシャチを意味します。マスコットもJ最強、いや最高の愛きょうを振りまく超人気者のグランパスくん一家で、シャチをキャラクター化したもの。他にもサンフレッチェ広島が、広島にゆかりの深い戦国武将の毛利元就の三本の矢の故事から、日本語の「三」とイタリア語の「フレッチェ(矢)」を合成したものを採用していることは、有名な話です。

 同様のパターンで岐阜にゆかりのある愛称を考えるため岐阜県公式サイト内の「岐阜県のシンボル」というページを見てみました。

 ◆県花=れんげ草
 ◆県鳥=ライチョウ
 ◆県木=イチイ
 ◆県魚=アユ

 発想力が乏しいこともあるんでしょうが、どれも何だかピンときません。

 今西GMとの雑談では長良川のウ飼いが有名ですから「鵜」はどうでしょうか? なんて話も出ましたが、のどに引っ掛かった鮎を吐き出すシステムですから、何やら勝ち点も獲り逃がしそうな、少し嫌な予感も漂います。

 強引ですが、例えばアユ岐阜なんて名付けたとしても、連想するのは歌手浜崎あゆみ。歌姫あゆがスポンサーになってくれそうな予感もありません。冗談はさておき、これは結構切実な問題です。

 岐阜県は南北に広く、北の飛騨地方と、南の美濃地方では地形も気候も言葉も違います。正直、飛騨高山で生まれ育った私にとって、車で3時間近くかかる岐阜市は、遠い都会といったイメージでした。県民が一体感を持つというのはなかなか難しいのが現状だと思います。

 そこに登場した岐阜の名を持つJクラブ。FC岐阜という存在の下に飛騨の人も、美濃の人も一体感を持てるようになれば、それがクラブの成功、強化につながるはずです。

 Jには少数派ですがFC東京、横浜FCのように愛称を持たないクラブもあります。愛称を採用するのか、このまま行くのか--焦ることなく、じっくり考えて結論を出し、県民に愛されるクラブとして船出して欲しいものです。

January 20, 2008 07:18 PM 投稿者:八反誠

2008年01月14日

競輪界は「格差」で活性化する:川尻将志

 年金、薬害肝炎問題らと並び、07年を表す代表的なキーワードの1つに挙げられるのが「格差社会」だ。一握りの大企業が収益を上げる一方で、多くの中小企業の業績は低迷。東京と地方の税収を比べても明暗はくっきりと分かれた。もちろん、新聞業界も同じ。一宮競輪場へ行くにも出張費が出る会社があれば、電車を乗り継いで1時間30分以上かけて浜名湖競艇場に行っても、まったく出張費が出ない会社もある。

 「格差社会」の波は本格的に競輪界にも訪れようとしている。先日、07年12月27日から1年間適用されるS級S班のメンバー18人が決定した。最高ランクのS級のさらに上、S級S班は今回初めて創設され、グランプリ出場者、6月の高松宮記念杯から12月の全日本選抜までのG1開催の賞金ランキング上位者の18人で構成されている。いささか選考基準に疑問は残るが、選ばれた18人は現在の競輪界を象徴する顔と言って間違いない。

 S級S班には多くの特権がある。通常、競輪選手は出走する開催を選ぶことができないが、S級S班に限っては基本的に自分で計画を立て、好きな開催に出走できる。G1、G2など、ビックレースにも優先的に出走できるほか、最長1カ月のオフもとることも可能だ。S級S班の1人、豊田知之(40=岡山)も「僕らの年齢だと、調整もしやすくなるし、ありがたいですね」と話すように、選手が常にベストの状態で走ることができれば、よりエキサイティングなレースが増えることにもなる。

 他にもレースのユニホームの差別化や、交通費も特別手当が支給されるなど、S級S班に所属するメリットを数え上げればキリがない。サラリーマンだって必死に「格差社会」と戦っている現代にあって、プロの世界で「格差社会」があるのは当然。むしろ、トップレーサーにとっては新たなステータスの誕生が大きなモチベーションとなり、競輪界の活性化へとつながるはずだ。 【川尻将志】

January 14, 2008 11:25 PM 投稿者:川尻将志

2008年01月04日

首位走るオーシャンズ支える縁の下:上野竜一

 今年9月に開幕したフットサルFリーグで初代王者を目指す名古屋オーシャンズが好調だ。開幕前は「1強7弱」とまで言われたV候補の大本命。開幕戦を引き分け、序盤こそもたついたが、第12節(12月8日)に首位に立つと、前節23日の第15節では2位浦安との直接対決を制し、勝ち点差を5に。「定位置」をガッチリ守った。

 首位を快走する要因のひとつが、ここまで大きなケガ人を出すことなく戦えている点だ。実は名古屋の登録選手数は参加8チーム中、2番目に少ない17人(最少は大分の16人)。少数精鋭で戦うだけに、ケガで選手が長期離脱は唯一とも言える不安要素だった。

 選手個々の意識の高さもさることながら、フィジカルコーチ、トレーナーらスタッフ陣の働きがあってのこと。「少しは僕らも貢献できてるかな。でも最初は大変でした」。そう振り返るのは府川俊一朗トレーナー(25)だ。

 愛知・東邦高を卒業後、アスレチックトレーナーと鍼灸の専門学校にそれぞれ3年ずつ通いながら、母校サッカー部やJリーグ名古屋ユースで経験を積み今年4月、名古屋の専属トレーナーに。だが選手に存在を認めさせるのは簡単ではなかった。

 「選手は体が商売道具。特にウチは意識が高い選手がそろっている。今思えば僕も認められようと、自分の考えを押し付けようとしていた面もあった」。特に言葉の壁があるボラ、マルキーニョスらブラジル人選手の顔には「こんな若造に体預けて大丈夫?」と書いてあったという。

 とにかく観察することから始めた。練習中に選手の動き、表情をじっと見つめ続けた。ある日、シュート練習を終えたマルキーニョスが、休憩中に水を飲みながら股関節を気にしているのが目に入った。「少し違和感がある」というマルキーニョスに「気になったらいつでも言ってきて」と伝えた。「筋肉が張ってたのでマッサージしました。大事にならなくて良かったです」。コミュニケーションの大切さを痛感した。

 11月には故障明けで2試合ぶりの復帰戦となるボラが「お前のためにゴール決めるからな」と言ってくれた。言葉通り2得点の活躍。「半分冗談でもそう言って活躍してくれたのはうれしかった」。そうやって少しずつ信頼関係を築いていった。

 残り6試合。選手から「フッキー」の愛称で親しまれる25歳は「今チーム状態はすごくいい。このまま誰も離脱せずに最後まで勝ち続ければ最高です」と話す。首位を快走するチームの縁の下には、こういう存在も欠かせない。

January 4, 2008 06:51 PM 投稿者:上野竜一