2007年05月31日
常滑競艇場の「陶芸教室」に体験入門:津波謙次
読者の皆さんは、競艇場ってどんなイメージを持っていますか? 単に競艇のレースをして、それを見るためのスタンドしかない、と思っている方がいるかもしれません。
しか~し。競艇場には子供が遊べるスペースや、フードコーナーが充実しているところも増えてきました。さらに、常滑では地元の特産品・常滑焼を実際に作れる陶芸教室があります。常滑焼は瀬戸、信楽、丹波、備前、越前と並んで日本6古窒として有名で、その歴史は今から約1000年前に端を発したといわれています。
競艇場内に誕生したのが1983年(昭58)8月。既に足掛け23年以上も教室は開かれています。場所は2マーク上にあり、陶芸しながらレースを見るのには絶好のロケーション。そこでレースの合間をぬって記者も陶芸に“体験入門”してみました。教室では、常滑焼について講師の相武敏夫(あいむ・としお)さんが丁寧に教えてくれました。
作る上でもっとも大事なことは? と聞くと手先の感覚だという。「土を延ばしていく場合、親指だと力が入ってだめ。人差し指をうまく使って土を延ばしていくんです」。普段、原稿を書く時はパソコンをバチバチたたいて指先を刺激しすぎるので、落ち着いて指先を使うことに記者は慣れていません。最初はこわごわ挑戦しましたが、やるにつれてどんどん楽しくなっていきました。つい童心に返って集中し、時間はあっという間に過ぎました。
湯のみやお皿、小鉢、花瓶など、思い思いの陶芸を作る時間は約30分ほど。次に焼きを入れたり、乾燥、色を付けたりする工程は専門業者に任せ、完成は約2カ月後。競艇場へ取りに行ってもOKですが、遠方から来た方には郵送もしてくれるとのこと。週末になると家族連れで陶芸教室に来る人も多く、にぎわいを見せています。気になる値段も湯のみ、茶碗が600円、大皿で700円と実にお手ごろ価格です。
仕事や普段の生活から一時手を休め、こういった陶芸教室を体験するのもいい気分転換になり、癒されます。ギャンブルとしての競艇の新たなる一面が見れるかもしれません。
May 31, 2007 12:24 AM 投稿者:津波謙次
2007年05月23日
名古屋の背番号「12」が見せた好プレー:八反誠
サッカー界では「12」はサポーターのための番号とされている。ピッチ上の選手11人とともに戦う12番目の選手。その意味をかみしめる場面に遭遇した。
少し時間が経過してしまったが名古屋の4月21日リーグ神戸戦。ホーム瑞穂陸上競技場のゴール裏に、突然美しいデザインが浮かび上がった。選手のピッチ入場に合わせ、3色のビニール袋で彩られたのは巨大なノルウェー国旗。同国出身FWヨンセンへのエールだった。
前節までリーグ6戦1得点。思うように得点が挙げられず苦しんでいたエースを元気づけようとするサポーターの工夫。クラブ広報はじめ、関係者も「知らなかった」と語るサプライズ演出。引退試合でもない限り、特定の選手だけを対象とした試みはしないのが流儀だというから、異例の出来事だった。
この熱いエールにヨンセンは前半40分の先制弾でこたえてみせた。「初めてのことで驚いた。すごくうれしかったし、いつもゲーム中に素晴らしい応援をしてくれるサポーターから、また力をもらった」。連敗を2で止める白星で文句なしの御礼。最高のシナリオとなった。
名古屋の日本人選手で1人だけ海外(オランダ)でのプレー経験を持つMF藤田は「(所属した)ユトレヒトのスタンドが日の丸になるようなもんでしょ。なかったよね(笑い)。ただ、ああいう形ではなくても、常にどこかでだれかが応援してくれていると思ってプレーしているよ」と、12番目の選手とともに戦う心構えを口にした。
ヨンセンを感激させ、ゴールを生み出したあのマル秘計画は文句なしの好プレーだった。名古屋を支える献身的な「背番号12」の次なるひらめきにあふれた“プレー”、勝利を決定付ける働きを楽しみにしている。
May 23, 2007 08:04 PM 投稿者:八反誠
2007年05月02日
愛知大学野球でも「佑ちゃん世代」:桝井聡
佑ちゃんには負けない!? 愛院大の右腕・小川優投手(1年=東濃実)が23日、リーグ初となるデビュー戦から2試合連続完封を成し遂げた。29日にも愛工大戦に先発し3勝目を挙げた。中京大の右腕・上杉芳貴投手(1年=豊田西)も2勝。実は4週を終えた時点で勝ち星を挙げている1年生投手が小川、上杉を含めて4人いる。
愛知大学野球連盟の浪川正己連盟副会長(78)は1年生投手が活躍する要因を「昨年の4年生で優秀な投手が抜けた。ちょうど投手は新旧交代の時期に差し掛かったのではないか」と指摘する。昨年の愛知大学野球リーグは中日浅尾ら投手4人をプロに送り込んだ。実力派投手が抜けた穴に1年生が割って入ってきているということだ。
愛院大・小川は高校時代は無名の選手。高校3年の夏の県大会では2回戦で横浜入りした高森勇気捕手(18)擁する中京(岐阜)に敗れた。甲子園とは無縁の存在だった。一方、中京大・上杉も高校3年の夏は愛産大三河(愛知)に準決勝で敗退。甲子園に出場する夢は果たせなかった。当時2人は甲子園で活躍する同級生の早大・斎藤佑樹投手(1年=早実)らをテレビで観戦する立場。加熱するフィーバーの蚊帳の外だった。
だが、斎藤が大学野球の道を選択したことで対戦する可能性も出てきた。愛院大・小川は早大・斎藤を意識する。「(斎藤は)同じ学年なんで自分もやらないといけないという気持ちにさせてくれる。神宮で一緒にやりたいですね」。中京大・上杉もそれは同じ。「(斎藤は)すべての面でぼくより上だと思うが、ライバルだと思っている。東京の方は注目されているけど負けたくない。神宮で投げ合いたい」。同級生へのライバル心が活躍の原動力にもなっている。
May 2, 2007 05:57 PM 投稿者:桝井聡
