2006年10月21日

競艇・原田「井端と共に日本一」狙う:津波謙次

 名古屋駅の地下街や、周辺のショッピングモールは、どこも中日応援セールで沸いている。21日から中日対日本ハムの日本シリーズがナゴヤドームで始まり、盛り上がりはピークに達するだろう。

 競艇選手でドラゴンズといえば、原田幸哉(30=愛知)の名前が真っ先に浮かぶ。昔から井端弘和内野手(31)や岩瀬仁紀投手(31)など、多くのドラゴンズ選手と交流があり、プライベートでもよく遊ぶ仲だ。「井端とは毎日、電話してますよ。日本シリーズ直前には1回会おうと思っています」。

 そんな友の頑張りが励みになったか? 原田は、本業の競艇で好調さが戻ってきた。8月のフライング休み明けを経て、9月の常滑とびわこ一般戦をともに完全Vで制覇。計2節でマークした19連勝は、現役選手のなかで最高記録。続く大村周年は優勝戦で惜しい2着、下関周年は準優で悔しい逆転負けを喫したが、18日まで開催された宮島周年は、序盤の3連勝を含む8戦6勝で見事に優勝。通算6回目のG1勝利を手にした。「宮島は1号艇で勝って当たり前だと思われていたし、勝たなきゃいけないと思った。スタートでフライングが切れない状況で、かなりプレッシャーがあった。優勝できたのは精神的にも大きい」。夏場までの不振がうそのように、秋からは波に乗ってきた。今年の獲得賞金は5752万円となり、賞金ランクは15位まで上昇した。

 躍進の要因はペラと減量にあった。魂を込めて作り上げたペラが、夏場を超えてベストマッチ。さらに、今まで53キロをなかなか切れなかった体重が、今は50キロをキープ。その秘密は、夏から大学教授と専属契約を結んで、体のケアや栄養面のバランスを学んだことにあった。「食事の量を減らし、サプリなどの栄養を取って体重は50キロを維持している」。周囲にあまり見せないが、トップレーサーゆえの努力を惜しまず、結果を残してきた。

 日本シリーズが行われている時、原田は24日から競艇界で権威のあるSG「第53回全日本選手権」(福岡競艇場)に出場する。優勝すれば、賞金ランク上位12人だけが走れる賞金王決定戦(12月20日から住之江)にほぼ出場できる。「井端がMVPで、俺が優勝して、一緒に日本一が取れたらうれしい」。今の勢いから考えても、この言葉は現実味を帯びそうだ。

October 21, 2006 02:04 PM 投稿者:津波謙次

2006年10月17日

堂上兄弟、運命は夢実現への後押し:八反誠

 兄弟からライバルへ--もっとも身近な身内が、身近な敵になる。9月25日の高校生ドラフトで、愛工大名電(愛知)堂上直倫内野手(18)の交渉権を、地元中日が引き当てた。

 星稜松井(現ヤンキース)以来、14年ぶりに中日、阪神、巨人のセ3球団が最上位で重複指名。くじに委ねられた進路は、兄剛裕内野手(21)が在籍する中日に決まった。ちなみに、2人が暮らすことになる合宿所の館長は元中日投手の父照(てらし)さん(55)が務めている。

 直後の会見で堂上は、迷いなく言い切った。「プロになったら、1人のライバルとして、兄に勝てるようにやっていきたい」。

 兄は左、弟は右打ち。左右の違いはあるが同じ内野手。最高峰プロの世界でこの世に2人しか存在しない兄弟が互いの野球人生をかけ、しのぎを削ることになる。

 この兄弟は仲がいい。昨冬、兄は弟に黒い革靴を買った。「これから注目される機会も多いと思うんで」。制服姿の弟の足元を社会人として気遣い、財布からお金を出した。

 弟が2年春のセンバツで優勝した時の帽子には、兄に頼んでペンで書き入れてもらった「自信」の2文字。こんな絆が、支えになったこともあった。

 2人の高校時代を3年ずつ、約6年間取材させてもらった。それだけに、限りのあるポジションを他の才能あふれるプロの選手とともに奪い合うことになるのは正直、複雑な気持ちだ。

 ただ運命は、2人が同じ球団で競い合う道を突き付けた。この現実が2人の夢実現を後押ししたと理解して、複雑な思いは捨て去り、期待を寄せることに決めた。

 阪神、巨人に交渉権が渡れば実現しなかったであろう2人の小さいころからの夢「プロで三遊間を組む」--現実が厳しいことは分かっている。それでもいつの日か、隣り合って躍動する堂上兄弟を見てみたいと思う。

October 17, 2006 08:23 PM 投稿者:八反誠

2006年10月03日

ファンも支持、阿波の「大外一本」:山本善憲

 勝負にはさまざまな戦い方がある。それが個性を生み競技に深みを与えるが、競艇には不利な戦法をあえて選択し続ける選手が何人かいる。阿波勝哉(33=東京)もその1人だ。

 競艇は6人が横並びでスタートするが、常に左回りで走るので、コーナーに1番近い「イン」と呼ばれる左端のコースが最も有利。逆に、右端の1番外はコーナーまでが遠い。競艇場の形態で異なるが、一般的に選手の誰もが「大外」を嫌う。しかし、阿波は基本的に大外からしか走らない。

 趣味や遊びならともかく、競艇は立派なプロ競技。職業である以上は結果がすべてだ。なのに、不利な状況を選択する意味とは? 「みんな不利だって言うけど、自分ではそんなに不利とは思わない。それより僕はコース争いなどの駆け引きの方が苦手。だったらレースに集中する方がいい」。有利な戦い方を探ることに神経を使うよりは、自分の力を出し切る方を重視したい。そんな思いが「6コース一本」を決断させた。

 大外から勝つには人よりも早いスタートを行く必要がある。ただし、フライングを切ると、一定期間の出場停止処分を受ける。若い頃、阿波はフライングを多発し、1年間で3カ月間ほどしか走れないことがあった。当然、収入はストップし、仕方なくアルバイトで汗を流す日々。だが、皮肉にもそんな苦い経験が、現在のスタイルを生んだ。

 「実はあの頃、6コース以外のコースから立て続けにフライングを切って…。不本意でしたよ。だから、これからは全部6コースで行くと決めたんです」。

 時間はかかったが、最高ランクのA1級にまで登りつめた。SGと呼ばれる大レースにもファン投票で出場した。公営競技とはいえ面白いレースを見たい。大外から健気に走り続ける阿波を、多くのファンが支持した証だった。

 その後もフライングの多発をはじめ、極端な戦法ゆえ、成績の浮き沈みは大きい。それでも、何度も這い上がってきた。「僕はこのやり方でここまでやってこれた。これからも大外をやめるつもりはないです」。幾多の逆境を力に変えてきた男の言葉は熱い。近年は誰でも内のコースを狙う単調なレースに、退屈さを感じる競艇ファンは多い。だからこそ阿波の超個性的な走りは、より異彩を放つ。

October 3, 2006 03:17 PM 投稿者:山本善憲