2006年08月26日
無料CS放送を入り口に競輪のススメ:村上正洋
CS放送(スカパー)加入者の方ならご存知だろう。番組の中には無料で視聴できるチャンネルがある。そのほとんどは通販番組だが、282チャンネル「KEIRIN LIVE!282」(10時30分~17時)は名古屋、一宮、岐阜、大垣の中部4競輪場の競輪中継を放送している。競輪は公営ギャンブルとは言え、オリンピック種目にもなっているスポーツだ。脚力に加えて、作戦面での駆け引きが勝ち負けのカギを握る。
この番組を担当しているのは司会が生田嘉宏さん、レポーターが長谷川満さん。ともにラフな格好でBGMには洋楽オンリーという、これまでのスポーツ実況からはかけ離れたスタイルだ。長谷川さんは「型にはまった中継じゃなく、のびのびやらせてもらってます」と笑う。競輪に興味がなく、たまたま見たこのチャンネルからファンになった視聴者も多い。長谷川さんは「『競輪をまったく知らなかったけど、これから勉強します』という若い人もいて、ありがたいですね。確かに競輪はとっつきにくい。でも、人が走っているからこそ人間味があって面白い」と話す。
番組ホームページ(http://www.keirin282.com/)ではライブ中継も実施しており、CS放送の受信設備のないファンも楽しむことができる。また、サイン入りTシャツやタオルなど選手グッズのプレゼントが豊富なのも特徴で、応募を楽しみにしているファンも多い。
別にカネを賭けなくてもいい。推理に必要なデータは明示されるから、じっくり展開を考えてみるのはいかがだろうか。記者が初めて競輪を見てから、理屈(なぜ先行した選手が後ろの選手にあっさりと抜かれるのか?)がわかるまでかなりの時間を要した。難しいのは確かだが…。
番組で競輪の魅力をアピールする長谷川さんだが「ぜひ、競輪場にも足を運んでもらいたいですね。やっぱり迫力が違いますから」と締めくくった。
August 26, 2006 01:57 PM 投稿者:村上正洋
2006年08月16日
県民が、選手がFC岐阜にかける夢:桝井聡
東海社会人サッカー1部リーグのFC岐阜が元気だ。「岐阜県にもJチームを」という目標に向かって02年に誕生し、今季は1部リーグの12節(15日現在)が終了。全8チーム中1位で、JFL昇格への最低条件となるリーグ制覇へマジック「1」としている。7月16日矢崎バレンテ戦では、長良川競技場に約1万200人もの観客を動員するほどの盛り上がりだ。
先日、このFC岐阜を取材した時に、驚きの再会があった。立命大時代の同級生、DF李成浩(リ・ソンホ、23)を見つけたのだ。当時はハングルが堪能な彼に、外国語の講義でずいぶんと助けてもらった。サッカー部でも大活躍の李だったが、進路には悩んでいた。JFL数チームのセレクションを受験したが、結果は思わしくなかった。それでも、サッカーを続けたいという一心でFC岐阜のセレクションを受験。今は岐阜県内のレンタカー店に勤務しながら、プレーを続けている。「生活は決して楽ではない」と言う。それでも「まだJリーグでもないのに、1万人ものお客さんが来てくれるチームなんてほかにない。それがすごいやりがいになっている」と話していた。
東海社会人リーグ1部で優勝すれば、11月24日から、JFL昇格をかけて全国地域リーグ決勝大会に進出する。李にとっても、セレクションでは届かなかったJFLが近づいてきている。FC岐阜は県民の夢だけでなく、1度サッカーをあきらめかけた選手たちの夢も背負っている。
August 16, 2006 03:14 PM 投稿者:桝井聡
2006年08月07日
ママさんレーサー再出発、プロ魂は健在:津波謙次
男女とも同じ舞台で戦う競艇だが、選手同士で結婚するのも少なくない。確かな数字は把握できないが、業界内で結ばれるケースは意外と多い。
女性の競艇選手は結婚しても走るケースが多いが、妊娠、出産を経るとさすがに休養を取るため戦列から離れる。ブランクが長すぎると“職場復帰”が困難になりそうだが先月17日、津女子リーグで約2年ぶりに復活した井口真弓(23=三重、旧姓新田)は、レーサーに戻りたくて仕方なかった。「赤ちゃんを産んで、すぐにでも復帰したかったんです」。昨年4月に長男を出産し子育てする傍ら、夫で選手の井口佳典(28=三重)は妻の復帰に反対。時間をかけて説得してきたが、妻のプロ魂に根負け…。「周囲から色々言われたけど、私ってレーサーになってまともに走っていないから」(井口真弓)。
プロとしての意地が垣間見えた。実は02年3月に選手登録をした井口真弓は、03年1月にデビューするまでブランクがあった。津での旋回練習中、他の選手と接触事故に遭い左大腿骨などを骨折する大けがを負った。すぐに入院したが、1カ月もの寝たきり生活を余儀なくされ、リハビリに時間がかかった。約10カ月ものブランクを経て、レーサーとして1年半ほど走ったが、産休のために再び約2年の休養。今回が第2のスタートとなったのだ。
復帰戦は1節(6日間で)で2勝をマークしたが、本人はどう感じたのか。「昔はレース後に先輩からいろんな教えを言われて、すぐ実戦に生かすために全部しようとして失敗した。負けることがプレッシャーになって自分がダメになった。でも、今は負けたことを引きずらないようにしたんです」。ママさんレーサーになって、気持ちの面も変わったようだ。「子供が生まれて自分に落ち着きが出てきたんですかね。でも、レースで負けた時は悔しいんですよ(笑い)」。
これからの目標を聞くと「私は目標を立てるとプレッシャーになるから、1つ1つのレースを一生懸命走りたい」と話した。地元のエースとして成長する井口佳典とともに、夫婦そろって活躍する日も近い。
August 7, 2006 03:48 PM 投稿者:津波謙次
