2007年11月04日

名古屋の名伯楽が大毅にエール:八反誠

 「内藤-大毅」。社会問題化した10月11日のボクシング世界戦については日刊スポーツ紙上を含め、さまざまな報道が続いている。少し落ち着いてはきたが、依然としてJBC、所属ジムによる処分。当事者の会見など、新しい動きもある。

 東京が舞台のこの大騒動に、名古屋で複雑な思いを抱いている人がいる。名古屋きっての名門、松田ジムの松田鉱二会長だ。

 日本ボクシング史を彩る「世紀の一戦」の当事者。94年12月4日の「薬師寺-辰吉」の興行権を破格の3億4200万円で落札し、地元開催を実現させた。詰め掛けた9800人の大観衆を計903発のパンチの応酬で熱狂させ、2-0判定で薬師寺が勝利を収めた歴史に残る一戦を取り仕切った人物だ。当時大学生だった筆者も会場で熱狂した1人だった。

 「内藤-大毅」も入札ではなかったが、ファイトマネーの合計額3億ともいわれる破格の条件での日本人対決だった。

 共通点はあるが、違いは大きい。同会長はいまでも2~3カ月に1度は13年前の名勝負を録画したビデオをデッキに入れ、じっと見入るという。「とにかく見とると、気持ちがいいんだよね」。まな弟子の薬師寺が勝ったこともある。だが、両者が力を出し切り、正面からぶつかり合った名勝負だったから、格別な気持ちになれるという。

 大毅の今後も気遣っていた。実は薬師寺も世界を獲る前に、今回の大毅と似たような出場停止処分(6カ月)を経験している。原因はリング外の不祥事(公道での暴走行為)によるもので、今回のリング上の暴挙とは一線を画す。だだ、リングに上がれない状況はほぼ同じだった。

 耐えるしかない6カ月。厳しいトレーニングに付き合った日々を思い返し同会長は「(大毅は)まだ若い。6カ月と1年は違うかもしれないが、もう1度やり直すことは、できるはず」とも口にした。

 表面上は父離れから出直した格好になった亀田3兄弟。もちろんベルトも大事だが、現役引退から10年以上たっても何度も見返したくなるような名勝負、心躍るそんな財産を目指したらどうか--名古屋の名伯楽の優しい口調は、そう訴えかけているようにも感じた。

November 4, 2007 07:18 PM 投稿者:八反誠