2006年12月17日
名古屋去る「秋さん」、イズム継承願う:八反誠
J1名古屋のDF秋田豊(36)が来季戦力構想から外れた。仲間から「秋さん」と呼ばれ、慕われ続けた豊富な経験を持つ屈強なDFは、名古屋に3年間在籍。Jリーグ創設の93年から第一線で活躍を続ける「闘将」の存在は、名古屋の大きな武器だった。
2年間をともに過ごし、11月にアジア杯予選最終戦のサウジアラビア戦(札幌ドーム)で初めてフル代表に招集されたMF本田は「人生を少しでも変えてくれた、そう言ってもおかしくないほど、影響を受けた」と言い切る。
秋田は、本田が日本代表に「飛び級」で初選出され時に「このままなら、すぐに落ちるよ」と厳しい言葉を送っている。「サッカーへの取り組みは最高。将来は間違いなく日本代表に定着して主力としてやる選手だけど、まだまだ」。本田の力を認めた上で、2度のW杯など代表通算45試合の経験をもとに技術、戦術面の厳しい指摘をした。
一方で暖かい言葉で、若手に自信を植え付けたこともあった。11月23日のアウエーC大阪戦(長居2)。前半28分にMF渡辺が2度目の警告を受け退場。すぐに「もっと落ち着いてプレーすればいい」とアドバイス。この一言で肩の力が抜けた渡辺は9日の天皇杯鹿島戦(カシマ)で攻守に渡りキレのあるプレーを披露。「秋さんの言葉で余裕を持ってプレーできるようになった」と感謝した。
練習でも試合前のアップでもいつも最後まで居残って練習を続ける真摯(しんし)な取り組みと、経験に裏打ちされた精神的主柱としての存在感。同世代のMF藤田は秋田と同じ役回りを振られると「1人では難しい」と、その穴の大きさを口にした。
もちろん、クラブとしても苦渋の決断だった。地元出身の功労者として来季去就については本人と何度も話し合いを重ねた。最後は秋田の希望を尊重し、他の契約満了選手より5日早く、情報を開示するなど配慮した。
現在、複数クラブから移籍の打診があるという。日本サッカー、Jの歴史をつくってきた秋田自身が新天地で輝くこと、そして「秋田イズム」を名古屋の選手が継承していって欲しいと、強く願う。
December 17, 2006 02:15 PM 投稿者:八反誠
