2006年05月13日

水面去った御大が願うこと:山本善憲

 3月21日の常滑でのレースを最後に、愛知の名物競艇レーサーだった谷川宏之さん(66)が引退した。競艇は選手寿命が長く、例えば祖父と孫が同じレースで戦うような状況も珍しくない。60歳を超える選手と、10代の選手が一緒に走り、60代の選手が勝利する。競馬、競輪の公営競技はもちろん、体が資本の他のプロ競技では考えられないことだ。

 谷川さんを始め、競艇は60歳を超える選手が多くいるが、一定の成績を収めないと業界には残れない。当然、それなりの体力も要求される。「実家は料理屋で漁師もやっていた。小さいころから漁に出る船に乗ったりして仕事を手伝った。昔はみんなそうだったよ。その時に体が鍛えられて、この歳まで選手を続けられたと思う。今の若い子たちは60歳までは続けられないだろうね」。プライドに満ちた言葉には、42年以上も過酷な世界を生き抜いてきた重みがある。

 選手時代には数々の栄光もあったが、引退を機に口をつくのは業界を案じることばかり。特に、競艇人気の復活を思う心は強い。「今は選手の個性がない。レースが単調になって、ファンにも『最近は面白くない』とよく言われたよ…」。

 競艇は6人で争うが、レースでは枠番通りに並ぶとは限らない。昔は、ベテランや実力者が有利なインや内のコースへ入り、若手はアウトコースからスピードを磨いた。その構図が競艇のだいご味だった。ただ、近年は若い選手でもどんどんコースを主張する。それ自体はルール違反でも何でもないが、段階を経て強くなっていく、かつての流れはなくなりつつある。このことは若い世代の変化とも微妙にリンクしている。
 「今の選手は養成所から個室でしょ。団体行動の中でこそ学べる大切なこともあるのにね。先輩に教えてもらうこともそう。みんながそうではないけど、最近の若い子は、あいさつできない子も多いでしょ」。何も年功序列を盾に、先輩風を吹かせるわけではない。実際、レース場での谷川さんは、若い記者たちに対しても、いつも自分の方からあいさつをしてくれた。

 「本当はもっと選手を続けて、いろいろと教えてあげたかったけどね…」。本当にそう。地元御大が水面を去ったことは、一競艇ファンとして単純に寂しい。

May 13, 2006 10:33 AM 投稿者:山本善憲