2008年2月15日最高に焦った日
今回がここに書くのも最終回になる。これまで記者生活の中で起こったことをいろいろと書いてきた。入社間もなく丸16年、最後は最も「やばい」と思ったことで締めさせていただきます。
97年、記者は米ノースカロライナ州の田舎町に出向いた。NHLのハリケーンズを取材するためだった。チームはその年、本拠地を同州に移した。新しい船出となる本拠開幕戦に赴いたわけだ。当時スタジアムのあったグリーンズボロの隣町に宿泊予約し、タクシーで会場に向かった。降り際、帰りも乗せて欲しいという旨を話したが、運転手に「ここは違う町だから。この町で呼んでくれ」と言われた。まあそうだろうと、そのときは大して気にもせず、取材に向かった。
ナイター取材を終え、地元の電話帳を開き、タクシーを呼んだ。いる場所を伝え待っていたが、一向に来る気配がない。再度電話すると、答えは「もう向かっている」。しかし周囲にはタクシーの影も形もない。気付けば観客どころか、関係者すら帰ってしまっている。暗い駐車場横の入り口から、何度も電話したが返答は同じ。そのうち終業してしまったのか、通じなくなってしまった。
さあ困った。行きのタクシーには20分ほど乗っていた。歩こうかとも思ったがすでに深夜近く。距離に加え、その間の何もない風景を思い出すと、あまりにも危険だと思った。やばい。帰れない。どうすりゃいいんだ。アメリカの片田舎で1人たたずむ記者。半ばあきらめていたそのときだった。
遠くの方にタクシーらしい光が見えた。このチャンスは逃せない。猛然とダッシュし、運転席に駆け寄った。電話していたタクシー会社とはまったく関係ない運転手だったが、懸命に隣町まで乗せてくれるよう訴えた。「チップも弾むから」と嘆願し、渋々ながら乗せてもらい、事なきを得た。
もしあのときあのタクシーが来なかったら、どうしていただろう。考えても仕方ないが、流しのタクシーが極端に少ないアメリカでは、奇跡ともいえるような出来事だったのは確かだ。いろんなことがあったけど、あのときは本当に焦った。加熱する米大統領選で、ノースカロライナという言葉が出ると、あの日が思い出される。