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北海道発・記者ブログ

2008年2月 2日コンサとの思い出

 6年ぶりのJ1舞台へ向け、コンサドーレ札幌は連日、グアムでトレーニングに励んでいる。温暖な気候の中、日々汗を流し、選手も真っ黒に日焼けしていることだろう。いい状態で開幕を迎え、好結果を残してくれることを期待している。

 記者も2度、コンサドーレとともに海外へ行っている。最初は97年、JFL優勝を目指し、オーストラリアのキャンベラとウーロンゴンに赴いた。これが記者にとって、プライベートも含め初めての海外。いきなりキャンベラ空港に手荷物が着いてなかったり、タクシーに遠回り(多分そうだと思っている)されたり、プチアクシデントに何度も見舞われた。当時は英語もまったくダメだったし、何かオドオドして過ごしてた感じがする。

 2度目は02年、同じオーストラリアの、今度はアデレードが中心だった。このときは海外経験も豊富になり、手慣れたもの。夜な夜な繁華街に出向き、カジノもひんぱんに訪れた。その分、仕事も一生懸命したが。ただ1つ、大きなアクシデントに遭ったのは痛かったが。

 その日、アデレード市内のホテルから、チームの1次合宿地マクラーレンベールに向かっていた。軽快に車を走らせていたそのときだった。前方にまるでロケット弾を構えるように、こちらを向いている男性が立っていた。ロケット弾ではなく、それはスピード測定機だった。異国の地で、見事に捕獲された。速度を巡って押し問答が続いた。結果、紙に「CAUTION(警告)」と書かれただけで、罰金は免れた。懐かしい思い出だ。

 思えばその年、札幌はJ2に降格した。記者は救われたが、チームは救われることはなかった。今年はいい結果になって欲しい。6年前、カシマスタジアムで降格を目の当たりにしているだけに、心からそう願っている。

砂田 秀人(すなだ ひでと)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社に入社。編集部、広告部を経て、97年から2年間、米国駐在。帰国後はコンサドーレ札幌や日本ハムを担当。04年11月から東京駐在として紙面製作。07年4月から編集部勤務。1970年3月生まれ。

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