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北海道発・記者ブログ

2007年8月16日すごいもの見た、経験した

 北海道代表の2校は敗れたが、高校野球は真っただ中だ。3年生にとって最後の夏、ひたむきな姿は、画面を通しても心を打つものがある。これまで高校野球の試合は数多く取材してきたが、2度とできないような経験を、入社2年目の93年にした。

 記者はそのとき、釧根地区予選の取材のため、1人、釧路市民球場にいた。何気なく見ていたその試合で、驚異的な記録が出た。根室の先発橘投手が、5回完全、しかも15人全員を三振に仕留めるという、とんでもない快投を演じたのだ。当然1面で報じることが決まり、記事はもちろん、写真出稿もしなければならない状況になった。

 デジタルカメラを使用している今は写真もパソコンから簡単に送れるが、当時はフィルム。まず現像をしにいくことから始めなければならなかった。原稿の組み立てを頭に描きつつ、写真店に向かったタクシーの中、アクシデントが発生する。もうすぐ目的地というところで追突された。平謝りするセドリックに、怒るタクシー。ただそれに付き合ってなどいられない。後処理は任せ、連絡先だけ伝え、急ぎ写真屋に向かった。

 続いて写真の送信をしなければならない。伝送するすべがないため、朝日新聞の支局の伝送機を借りての出稿なのだが、またまたアクシデントが起こる。その伝送機は普段、モノクロ送信しかしていないものだった。しかし1面でやるだけに、当然カラーで送らねばならない。設定を変えて送信を試みたが、何度やっても届かないのだ。

 写真を受け取る側と電話で連絡をとりながら、さまざまな設定を試すもダメ。時間は刻々と過ぎ、締め切り時間がどんどん迫ってくる。「これでダメならあきらめざるをえないですね」。そんな声を受けて試みた最後の一発で、奇跡的に送信に成功。締め切りまで30分を切っていたそこから原稿を書きつつ、写真を送りつつ、何とか紙面掲載につなげることができた。

 「すごいものを見たな」という球場での興奮は今も忘れない。その後がドタバタ続きだっただけに、余計印象深い出来事として頭に残っている。球児にも負けない、熱い夏の思い出の1つだ。

砂田 秀人(すなだ ひでと)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社に入社。編集部、広告部を経て、97年から2年間、米国駐在。帰国後はコンサドーレ札幌や日本ハムを担当。04年11月から東京駐在として紙面製作。07年4月から編集部勤務。1970年3月生まれ。

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