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北海道発・記者ブログ

2006年12月22日留学生を純粋に応援したい

 高校スポーツの華やかな時期がやってきた。駅伝、バスケット、ラグビー、そしてサッカー。高校時代、記者も高校選手権出場を夢見て、練習に励んだ。夢は夢のまま終わったが、あこがれの場に変わりない。初めて取材した93年、国立のピッチの隅っこに触れ、少しだけ走ったことを思い出す。

 歓喜あり、涙ありの素晴らしい戦いは一見の価値ありだが、大会のたびに出る話題がある。「留学生」にかんしてだ。より高いレベルを求め、他県や国外から入学し、競技に打ち込む。それに対し「代表なのに地元の選手がほとんどいない」「そこまでして勝ちたいのか」など異論が出る。甲子園などでもそんな声が聞かれたが、記者はそれと正反対の考えでいる。

 15歳で親元を離れ、知らない土地で過ごす。ホームシックもあるだろうし、精神的に大きな負担を強いられる。まして違う土地に行ったからといって、レギュラーになれる保証もない。ケガで選手生命を絶たれることだってある。大きなリスクを背負ってのチャレンジの、どこを責めることができるだろう。

 海外からやってくるなんて、もっと大きな覚悟がいるだろう。記者は97年、英語がほとんどできないまま、米国駐在を命ぜられた。「生きているだけでストレス」だった。初出張の際には搭乗手続きの際の会話が理解できず、荷物に特別なタグを付けられ、警備員に密着マークされた。米国人と英語で冗談を交わすような現地の知人も、渡米当初はノイローゼになり、電話に出るのを拒否していたと話していた。異文化の中で過ごすだけで一苦労なのに、そこで結果を残すのって、想像を絶するような頑張りがなきゃできないことだと思う。

 例えば学業で高いレベルを求め越境入学したって、それに反論なんて出ないはず。何かに打ち込み、そこでより上を目指すという目標はみんな同じなのだから。一アスリートたちの戦いを、純粋に応援してあげればいいじゃないか。

砂田 秀人(すなだ ひでと)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社に入社。編集部、広告部を経て、97年から2年間、米国駐在。帰国後はコンサドーレ札幌や日本ハムを担当。04年11月から東京駐在として紙面製作。07年4月から編集部勤務。1970年3月生まれ。

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