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北海道発・記者ブログ

2008年2月16日煙成貧語

 映画監督の市川崑さんが亡くなった。訃報(ふほう)を伝える14日付日刊スポーツは、1面および文化・芸能面に計15点ほどの写真を掲載した。うち10点は「くわえたばこ」でカメラにおさまっていた。代表作「東京オリンピック」(65年公開)などの撮影現場で、女優吉永小百合とのツーショットで、映画「ビルマの竪琴」(85年同)の制作発表で…。気骨あふれる口元と紙巻きたばこが、当たり前のように一体化していた▼紫煙が人世の潤滑油だったのだろう。1915年(大4)生まれの享年92歳。生涯現役のまま、天寿をまっとうした。「東京オリンピック」で、躍動するトップアスリートの内面に切り込んだ。映画「犬神家の一族」(76年同)など一連の横溝正史シリーズで、金田一ブームを巻き起こした。とりわけ、演出・監修を手掛けたテレビ時代劇「木枯し紋次郎」(72~73年放映)のスピード感あふれるカメラワークと映像美が、印象に残る。くわえたばこならぬ、長さ10数㌢のようじが、クールな渡世人紋次郎のトレードマークだった▼たばこといえば、にわかに「成人論争」である。子どもと大人の「線引き」は20歳か、18歳か。鳩山法相が、成人年齢引き下げの是非について、法制審議会に諮問した。明治時代に定められた民法第4条「年齢二十歳をもって、成年とする」の見直しを検討する、という。喫煙だけじゃない。選挙権、婚姻、飲酒にかかわる規定のほか、少年法、競馬法、風営法、労働基準法、道路交通法など、年齢条項を含む法令は、数多い▼大辞泉によれば=せい‐じん【成人】[名]スル1心身が発達して一人前になった人。成年に達した人間。おとな。現在一般的には、満20歳以上の者をいう。2子供が成長して大人になること=とある。振り返れば、18歳時点で、喫煙も、飲酒も、馬券購入も、風俗も、経験していた。思いっきり背伸びして、一丁前の「大人」を気取っていた。しかしながら、精神年齢はあまりに未熟だった。心身の「心」が欠けていた。10代後半から20代にかけて、子ども以上大人未満の中途半端な年代だった、と記憶している▼江戸時代の武士は、14~17歳で元服の儀を迎えた。現代の中学2年生~高校2年生世代で、大人の仲間入りを余儀なくされた。そのために、幼少時から、文武両道において、厳格な鍛錬を施された、という。吉田松陰のことばに《士大夫道に志し、誠によく伏 〓(奚の右にフルトリ) の卵を育するがごときを得ば、又何ぞ其の生ずることなきを憂へん》とある。男子がひとたび、目的に向かって歩き出し、誠の道を貫こうとしたら、母鳥のように、まず忍耐を必要とする、と説いている▼札幌真駒内中の後輩にサッカー日本代表MF山瀬功治がいる。元服前? の12歳のとき、自らの意思で単身ブラジルに渡った。約2年半におよぶ武者修行で、心身の鍛錬を怠らなかった。元バイアスロン選手で84年サラエボ冬季五輪代表の父功さんは「決して弱音は吐かなかった」と、当時を振り返る。帰国後、北海高に進学した。「勉強でトップになったら1万円やる、と約束したら、本当に1番になった。やると決めたら、徹底してやる、集中力があった」(功さん)。岡田ジャパンでサムライブルーの10番を担う、アスリート山瀬の原点である▼サッカー日本代表は、17日開幕の東アジア選手権(中国・重慶)に臨む。岡田体制下で初タイトルをつかみ、W杯アジア予選突破に弾みをつける。キーマンは、左右の前十字靱帯(じんたい)断裂(02、04年)、椎間板(ついかんばん)ヘルニアの手術(06年)など、幾多の試練を乗り越え、不死鳥のごとく復活した、背番号10である。武士の克己心と母鳥の忍耐力を兼ね備えた山瀬が、アジアのライバルに立ち向かう▼少子高齢化の現代において、山瀬は稀有(けう)な人材である。男はだまって…、の強固な意志と覚悟をサッカー道で体現している。剣豪・宮本武蔵の書「独行道」に《我事におゐて後悔をせず》《道におゐては死をいとはず思ふ》《身を捨ても名利はすてず》とある。もしも、である。生涯現役を貫いた市川監督が存命中、法制審議委員会から成人年齢の見直しに関する意見を求められたら…。おいしそうにたばこをくゆらせ「あっしにゃ、かかわりのないこって…」と、周囲をけむに巻くのだろうか。

白船 誠日(しらふね まさひ)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社入社。編集部、販売部、編集部、営業部、編集部を経て07年4月から編集部東京駐在。過去にサッカー、高校野球など担当。1963年12月生まれ。

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