2008年2月 3日飯製貧語
やわらかい指先が、目に浮かんだ。1月中旬、日本有数のコメどころ新潟で、400年以上前の「おにぎり」が見つかった。戦国武将、上杉謙信の家督争いの舞台となった妙高市の鮫ケ尾城跡から出土した。直径5~9センチ、重さ30~68グラムの黒く炭化した米のかたまりを分析した結果、判明した。写真を見る限り、人間の手で握られたように、やさしい丸みを帯びていた▼戦火に備える、非常食だったのか。鑑定によると、そのかたまりは、炊かれた白米だけで形づくられていた。具はなく、ササのような植物や布でくるまれていた、という。当時、謙信の養子である景虎は「御館の乱」(1578~79)に敗れ、同城に立てこもっていた。敵対する景勝勢に火を放たれ、落城とともに、自害を余儀なくされた。最後の晩餐(ばんさん)? となったおにぎりは、いったい、どのような味わいだったのだろう▼幼少時から、大のおにぎり好きである。炊きたてのご飯を真ん丸に握ってくれた、祖母のしわだらけの両手を思い出す。具の定番はうめ、すじこ、時々さけ…。コンビニで人気の「ツナマヨ」など、邪道である。三角形は、許されない。ましてや、あたためるなど、冒〓(サンズイに士と四と貝を縦に並べる)(ぼうとく)に等しい。遠足で、運動会で、教室で…。真っ黒く、のりで覆い尽くされた、直径10センチ以上の球体にかぶりつく。ちょっときつめの塩っ気が、白米の甘みを際立たせる。まちがいなく、天下一品の味だった▼小学生時代の苦い思い出がある。スキー遠足で、昼食の時間になった。リュックの中で冷えきったおにぎりは、やはり、格別にうまかった。食べ盛りゆえ、一緒に弁当を広げていた級友から、三角むすびを分けてもらった。一口食べて、違和感を覚えた。嘔吐(おうと)しそうになり、残りを捨ててしまった。その後、しばらく「おにぎり恐怖症」になった。今思えば、その子の母親の愛情を踏みにじる行為だった、と反省している▼祖母や母親のつくったおにぎりはなぜ、おいしいのか。他人の手によるおにぎりはなぜ、口に合わなかったのか。太宰治の小説「斜陽」の一節を引用する。「おむすびが、どうしておいしいのだか、知ってますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」-。子どもの成長を願う、無償の愛が、その手のしわのひとつひとつに、深々と刻まれている。丹精込めて握るおにぎりは、食べる者の本能に訴えかける。「安全な食べ物よ」「大きくなってね」…。日本古来の食文化である「おにぎり」は、まさに母性愛の象徴である▼おにぎりといえば、イチローである。メジャー移籍初年度の春季キャンプから、夫人手づくりのおにぎりを持参した。シーズン中は、試合前のロッカールームで、消化のよい炭水化物を黙々とほお張り、エネルギーに転換した。さらに、前レンジャーズの大塚晶則は、遠征時に電気釜3台を持ち運び、チームメートにおにぎりを振る舞っていた、という。メジャーを席巻? する、おにぎりパワー恐るべし、である▼食べっぷりなら、故勝新太郎である。時代劇「座頭市」シリーズにしばしば、おにぎりが登場する。勝演じる盲目の居合の達人、座頭市は、諸国を巡る旅の途中、廃屋で、野原で、船中で、薄汚れた緑色の風呂敷から、おもむろに経木の包みを取り出す。飾り気のない、巨大な「塩むすび」にかぶりつき、むさぼるようにかっ食らう。指先にまとわりつく、米粒1つ残さず、舌先でなめ取るように、食べ尽くす▼リアリズムを追及する、勝会心の演出だろう。天涯孤独の一匹おおかみである座頭市は、用心棒を生業としていた。ひょうひょうとしながら、視覚をのぞく四感を研ぎ澄ませ、あらゆる危険を察知した。その刹那(せつな)、逆手に持つ仕込みづえの刃が、ギラリと光った。真っ白な塩むすびは、血で血を洗うアクションシーンの対極にあった。人情味あふれる市つぁんのトレードマークであり、渡世人座頭市の「生」の証しだった▼日本の食の安全が揺らいでいる。昨年来、頻発する食品メーカーや飲食店の偽装問題に続き、中国製冷凍ギョーザの薬物中毒事件が発覚した。被害は全国各地に波及した。ここ数年、中国産の加工食品類の輸入量は増加の一途をたどる。冷凍食品に限らず、野菜や魚介類など、知らぬ間に口にしている食品は、想像以上に多い。フランスのことわざに「最も安全な隠れ家は母親のふところ」とある。今こそ、おふくろの味の出番である▼東京・築地の場外市場の一角に、3坪ほどの小さなおにぎり屋さんがある。店頭のショーケースに数10種類の大ぶりなおにぎりが、ところ狭しと並んでいる。椴法華(とどほっけ)村(現函館市)出身の気さくなおばちゃんが、夜明け前から仕込みに精を出す。「うちのはうまいんだって」。いつものように、うめとすじこを注文する。函館なまりの「ありがとね」の言葉とともに必ず、おまけがついてくる。手のぬくもりを感じられるおにぎりは、400年前と変わらぬ味わいのはずである。