2008年1月21日宴正貧語
はかなく、か弱い、真冬の使者だった。東京の「白い恋人たち」は、さまよえる糸くずのように、夜空を舞っていた。都心部に初雪の便りが届いた1月中旬のある日、東京・築地の自宅マンションで、ささやかな「新年会兼歓迎会」を催した。26歳から44歳までの男性7人が、むさ苦しい顔をそろえた。業務の都合上、深夜スタートとなるうたげは、明け方近くまで続いた。たわいもないやりとりが、妙に心地よかった▼昨年末の忘年会に続く、通算3度目の宅飲み宴怪? だった。メーンディッシュは、参加メンバーのリクエストで「塩ちゃんこ」に決まっていた。当日、築地の場外市場周辺で食材を買い求めた。大山地鶏の骨付きぶつ切り1・5キロにつみれ用の鳥ミンチ、野菜各種、調味料あれこれ…。前菜として、サラダにおぼろ豆腐、漬物を用意した。鍋のシメはうどんか、ぞうすいか。<おいしいの 笑顔で報われ くせになる>-。新婚家庭の主婦気分で、ホスト役を楽しませてもらった▼慣れない台所仕事で、ふと、思った。もしも、この手が、包丁だったら…。ジョニー・デップ主演の映画「シザーハンズ」(ティム・バートン監督)が頭をよぎった。はさみの両手を持ち、未完成のまま孤独に暮らす、人造人間の物語である。主人公エドワードは、人間社会に招かれ、家族の温かみを知り、愛に目覚める。やがて、周囲の裏切り、嫉妬(しっと)にほんろうされ、沸き起こる醜い感情を抑えきれなくなる。憎しみであり、怒りである。万人の心に潜む業と欲は、切れ味鋭いはさみ以上の「凶器」だった▼純真無垢(むく)な人造人間の葛藤(かっとう)をきめ細やかに表現した、デップの演技力と繊細な役作りに感嘆する。さらに挙げるなら、ピーターパンの生みの親である劇作家J・M・バリーを淡々と演じる「ネバーランド」、とぼけた海賊ジャック・スパロウとして躍動する「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ、ファザコンの天才菓子職人ウィリー・ウォンカと心優しき少年の交流を描く「チャーリーとチョコレート工場」…。その役者魂は、常にある種のメッセージをたずさえ、観る者の心のひだを揺さぶってくる▼先日、コンビニで購入したDVD映画「プラトーン」を観ていた。オリバー・ストーン監督の実体験を基にしたベトナム戦争の悲劇であり、86年度アカデミー賞4部門を受賞したヒット作である。エンディングのクレジットに目を疑った。無名時代のデップが、脇役として、名を連ねていた。最後まで、その存在にまったく、気付かなかった。出演シーンを見直した。当時デビュー間もない22歳。過酷な戦場に生きる役柄と相まって、陰鬱(いんうつ)な表情だけが、印象に残った▼現在44歳のデップは幼少時、家庭環境に恵まれなかった。貧困、両親の離婚、ドラッグの誘惑…。自暴自棄な生活を余儀なくされ、社会の底辺をさまよっていた。雑誌Cut(ロッキング・オン刊)の1月号に97年当時のインタビューが掲載されている。『最悪な状況から何かを学ぶか、それともそれに足をひっぱられてゆっくり沈んでいくか、自分をあわれむか。みんな、あらゆることはぜんぶ自分次第なんだ。それは、ぼくらが一生付き合ってかなきゃいけない罠なんだよ。乗り切るコツは、出口を見つけ出すこと。そして、絶対に後ろを振り返らないことなんだ』-▼その後の躍進は、周知の通りである。06、07年と2年連続で「映画館にもっとも観客を動員した俳優」に選出された。13日発表の米ゴールデングローブ賞で主演男優賞(ミュージカル・コメディー部門)を獲得した。同賞候補となった出世作「シザーハンズ」以来、通算8度目のノミネートで初の栄冠を手にした。受賞作の「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」を観ずに、いられなかった。19世紀のロンドンに実在した、殺人鬼のメッセージは、あまりに無残で、残酷だった。鋭利なかみそりに投影される、復讐(ふくしゅう)と悲哀の結末は、したたる朱色に彩られた▼デップと同じ63年生まれの44歳である。出口を見つけ出せないまま、生きている。雪見酒となった新年会で、缶ビール30数本、ワイン3本、焼酎1本を空にした。ワイングラス1個、酒浸りになった雑誌3冊が、酔っぱらいたちの犠牲となった。台所は、洗い物の山と化した。リビングルームのにんにく臭はなかなか、消えなかった。収穫は、仕事仲間の一体感か。シェークスピアの作中に「ささやかな御馳走でも、手厚くもてなすと、宴会は楽しいものになる」とある。次回宴怪? のお題は、なぜか「クリームシチュー」に決まっている。