2007年12月26日新星貧語
スター誕生を予感させる、デビュー戦だった。ある日の深夜、何げなく、アメリカンフットボール・NFLのテレビ中継にチャンネルを合わせた。AFC北地区で最下位に低迷するボルティモア・レイベンズが、昨季のスーパーボウルMVPペイトン・マニング率いるインディアナポリス・コルツと対戦していた。第3Q終了時で7-44。すでに、試合の大勢は決していた▼第4Q終盤、先発QBに代わり、ルーキーのトロイ・スミスが登場した。リーグ戦初出場となる黒人QBの大胆不敵なプレースタイルに目を奪われた。いきなりファーストダウン更新を狙う、切れ味鋭いロングパスを繰り出した。丸太のような右腕から放たれた、力感あふれるパスが、レシーバーの手の先をかすめ、左サイドラインを割った。意気消沈していたホームのファンから、満場の喝采を浴びた▼圧巻は、残り59秒のTDランだった。パスコースをふさがれ、スクランブルを仕掛けた。相手DF網をかいくぐり、エンドゾーンまで6ヤードを走りきった。テレビ解説者は「マニングと(元アトランタ・ファルコンズQBの)ビックを合わせたような選手ですね」と評した。49TDのシーズン最多記録を持つマニングは、ベンチサイドで苦笑いを浮かべていた▼23歳のスミスは、オハイオ州立大4年時の昨季、ハイズマン賞=米大学アメリカンフットボールの年間最優秀選手=を受賞した。今年5月、NFLドラフト5巡目、全体174番目でレイベンズに指名された。ドラフト7巡制となった94年以降、同賞受賞者として、最下位指名の屈辱を味わった。プロ入り後の精進は、想像に難くない。シーズン終盤に訪れた、わずか数分足らずのチャンスを逃さず、大学NO・1プレーヤーの存在感を示した▼NFLのレギュラーシーズンは、29~30日の第17週で終了する。注目は、リーグ屈指のQBトム・ブレイディを擁するニューイングランド・ペイトリオッツである。現在、史上初となる開幕15連勝の快進撃を続け、72年マイアミ・ドルフィンズ=当時14戦無敗=以来の「パーフェクト・シーズン」に王手をかけている。最終戦でNFC東地区2位のニューヨーク・ジャイアンツと対戦する▼一方、正QBを欠くファルコンズは、NFC南地区最下位に沈み、プレーオフ進出を逃している。昨季、QBとして史上初の1000ヤードランを達成したビックは、違法な闘犬運営に関与していた罪で、開幕直後に無期限出場停止処分を受けている。QBはチームの頭脳であり、心臓部である。マニング、ブレイディら、攻撃をデザインするエースQBのパフォーマンスが、ポストシーズンのカギを握っている▼米国4大プロスポーツのうち、NFLをのぞく野球、バスケットボール、アイスホッケーで日本人プレーヤーが誕生している。野茂英雄を実質的な先駆者とするMLBは来季、過去最多となる16人の日本人選手(25日現在)を迎え入れる。過去にNBAで田臥勇太、NHLで福藤豊が、世界最高峰の舞台に立っている。競技人口、体格差、ポジション別の明確な役割分担…。日本人にとって、NFLプレーヤーへの道のりは遠く、険しい▼しかしながら、この冬、関東大学アメリカンフットボール選手権決勝で熱き戦いが繰り広げられた。4連覇中の法大に挑んだ日大が、最大20点差をはね返し、17年ぶり18度目の優勝を飾った。かつて、故篠竹幹夫前監督率いる「日大フェニックス」は、無類の強さを誇った。ショットガン・フォーメーションを武器に甲子園ボウル5連覇、日本選手権3連覇など、黄金期を築いた。残念ながら、16日の甲子園ボウルで関学大に逆転負けを喫し、学生日本一の座を逃した。不死鳥の完全復活は、来季に持ち越された▼日大の愛称「フェニックス」に思い入れがある。小学6年時、地域の少年野球チーム「真駒内フェニックス」に入団した。2学年下にプロ野球ヤクルトの佐藤真一コーチが在籍していた。下部チームでプレーする4年生の野球センスと向上心は群を抜いていた、と記憶している。縁あって、当時の同コーチにチラシ配布のアルバイトを依頼した父は「真一くんはえらいね。“おじさん、お金はいらないよ。ボクは将来、プロ野球選手になるんだ。足腰を鍛えるのに、ちょうどいいから…”って」と、感心していた▼さらに、である。同コーチは東海大四時代の練習中、頭部に打球を受け、頭蓋(ずがい)骨陥没骨折の重傷を負った。生命の危機を乗り越え、エースとして甲子園出場を果たした。社会人野球のたくぎん時代は、全日本の主砲として92年バルセロナ五輪銅メダル獲得に貢献した。プロ入り後は、ダイエー(現ソフトバンク)、ヤクルトで40歳まで現役を続けた。まさに「ミスター・フェニックス」である▼古代ギリシャ神話の「トロイ戦争」に巨大な木馬が登場する。敵をあざむく木製の張り子が、難攻不落の都市国家トロイ攻略の立役者になっている。詩人ホメロスは、英雄叙情詩「イリアス」などで、同戦争の軌跡を描いている。一節を引用する。<人の世の移り変わりは、木の葉のそれと変わりがない。風が木の葉を地上に散らすかと思えば、春が来て、よみがえった森に新しい葉が芽生えてくる。そのように人間の世代も、あるものは生じ、あるものは移ろうてゆく>-▼9連敗中のレーベンズは、リーグ最終戦で、AFC北地区首位のピッツバーグ・スティーラーズと対戦する。連敗阻止なるか。来季巻き返しのきっかけをつかめるか。身長180センチ、体重102キロ。「トロイの木馬」ならぬ新星QBトロイ・スミスの可能性にかけてみたい。