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北海道発・記者ブログ

2007年12月13日尽誠貧語

 日刊スポーツ新聞東京本社の目と鼻の先に、高さ2メートルあまりの無骨な石碑が、ひっそりとたたずんでいる。前面に「浅野内匠頭邸跡」と刻まれている。師走を迎え、その土台部分は、生気を失った落ち葉に包まれている。周辺の公園や街路樹は、すでに冬支度を整えつつある。12月14日は「忠臣蔵」で知られる、赤穂浪士討ち入りの決行日である▼300年以上前の1701年(元禄14)3月14日、江戸城内の「松の廊下」で刃傷事件が起こった。赤穂城主の浅野内匠頭が、高家筆頭の吉良上野介に刃を向けた。前代未聞の不祥事に、浅野は即刻、切腹処分を受けた。赤穂藩5万石はお家断絶となった。城主と仕官先を失った家臣有志は、1年9カ月におよぶ雌伏のときを経て、あだ討ちを成就した。元筆頭家老の大石内蔵助ら47人の浪士が、吉良の首を墓前に供え、亡き主君の無念を晴らした▼史実である「元禄赤穂事件」を題材にした「忠臣蔵」は、日本人好みのフィクションである。古今を問わず、書物や歌舞伎、映画、テレビ作品として、広く親しまれている。幾重に連なる「何故」が物語の根底をなす。浅野はなぜ、吉良に切り掛かったのか。けんか両成敗の時代になぜ、吉良はおとがめなしなのか。大石はなぜ、討ち入り決行まで2年近くの歳月を費やしたのか-。「大義名分」を貫く武士の品格と心の葛藤(かっとう)が、史実と創作のはざまをあいまいにしている▼最近、国内のアマチュアスポーツ界で「何故」と絶句する、出来事があった。関東学院大ラグビー部の「大麻事件」である。11月上旬、寮代わりのマンション自室で大麻草を栽培していた部員2人が、大麻取締法違反で現行犯逮捕された。その後、他の部員12人が大麻吸引を認めた。大学側の処分は対外試合の自粛、春口広監督の指導自粛から一転、部活動の停止、同監督の辞任へ…。6度の大学日本一を誇る学生ラグビー界の雄が、シーズン最中の不祥事に迷走した▼同大ラグビー部は、日本代表を含む数多くの優秀な選手を輩出している。王者の一員として、当該部員に犯罪の意識はなかったのか。事件発覚までの経緯にラガーマンたる「品格」や「心の葛藤(かっとう)」は感じられない。甲子園出場経験のある高校野球の指導者は現代っ子気質の一端を指摘する。「ウチのユニホームを着た時点で満足している。オレは上手なんだ、と勘違いする。だから、伸びない」。フィールド外のルール違反に同情の余地はない▼高校時代、ラグビー部に所属した。弱小ゆえ、詳細なルールを覚える間もなく、試合に出場した。こわもてそろいの先輩たちから「ボールを持ったらとにかく走れ」「前にパスするな」ときつく、言い渡された。タックルに骨がきしんだ。体中に生傷が絶えなかった。実戦の中で「One for all All for one」の精神に触れた。雪深い冬期間は、全国高校選手権や大学・社会人ラグビーのテレビ中継にかじり付き、手に汗握った。スター選手の華麗なステップワークにあこがれた▼高校2年時だった、と記憶している。京都・伏見工が花園で初優勝を飾った。同校率いる山口良治監督(当時)の叫びに感銘を受けた。“信は力なりっ!”。だからこそ、選手と真正面から向き合えた。肩を抱き合い、大粒の涙を流せた。その後、テレビドラマのモデルとなった「泣き虫先生」は、自著「熱き思いが壁を破る」(PHP研究所)でこう語っている。<目標のないところに、努力はありえない><奇蹟なんかではない。強く思い描いたからこそ、実現したのである>-▼「浅野内匠頭邸跡」の石碑のそばに「芥川龍之介生誕の地」を示す、案内板が掲げられている。芥川は短編小説「或日の大石内蔵助」で討ち入り後の大石の日常を描いている。<彼は、事業を完成した満足を味わったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味わうことができたのである>-。しかし、である。作品の最後で揺れる想いに触れている。<かすかな梅の匂につれて、冴返る心の底へしみ透って来る寂しさは、この言いようのない寂しさは、一体どこから来るのであろう>-。何故か。真意は「藪の中」である。

白船 誠日(しらふね まさひ)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社入社。編集部、販売部、編集部、営業部、編集部を経て07年4月から編集部東京駐在。過去にサッカー、高校野球など担当。1963年12月生まれ。

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