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北海道発・記者ブログ

2007年10月 9日天成貧語

 秋深し隣は何をする人ぞ-。芭蕉晩年の秀句が、頭をよぎった。先日、自宅マンションのベランダで、仲秋の名月をめでていた。眼前に建つ、東京・築地本願寺の境内の一角が、妙に明るく、にぎわっていた。さっそく、足を運んだ。知らぬ間に、しょう洒な洋風レストランがオープンしていた▼期間限定営業の「CAFE DE SHINRAN」は、親鸞聖人の巨大な像に見守られるように、たたずんでいた。コンセプトは「ロハス」。Lifestyles of Health and Sustainabilityの略称であり、健康と環境に留意する、生活スタイルの総称である▼環境ファッションマガジン「ソトコト」(木楽舎発行)と同寺、さらに国産雑穀販売会社の三者がタッグを組み、異色のレストランをプロデュースした。ある日のランチタイム、自然光あふれる店内で国産十六雑穀米使用の「ターサイと豚のカレー」を食べた。ロハスを体現する「スローフード」。歯ごたえたっぷりで、米一粒ひとつぶの食感に、脳細胞が刺激を受けた▼20年ほど前の「スローライフ」を思い出した。大学4年時に約半年間、ケニアの首都ナイロビに滞在した。ケニア・スワヒリ語学院でアフリカ文化を学びながら、ビールざん昧? の日々を過ごした。郷に入れば、郷に従え、である。ケニアのことわざに「カメの歩みこそ遠くまで行ける」とある。「ポレポレ=スワヒリ語でゆっくりの意」の生活にどっぷりとつかった▼同学院のカリキュラムに「ホームステイ研修」があった。たった1人、キリマンジャロ山系を望むコーヒー農家にお世話になった。電気、水道はないに等しい。日没とともにランプのあかりで過ごし、自給自足の手づくり料理に舌鼓を打った。最寄りの商店まで徒歩数時間。子供たちは走って学校に通っていた。「どれくらいかかるの?」「2時間くらいかな」「…」。まさに天然のクロスカントリー英才教育。陸上の長距離王国ケニアの子供たちは、日常生活の中で太く、たくましく、はぐくまれていた▼同学院修了後、タンザニア・ザンジバルに渡った。インド洋に浮かぶ、世界遺産の小島であり、クイーンのボーカリスト、故フレディー・マーキュリーの生誕地である。乗り合いバスで偶然知り合った日本通? の現地人宅で5日間ほど過ごした。アパートメントの屋上に設置された水道+空き缶のシャワーを浴びている際、スコールに見舞われ、あ然とした。バナナの煮込み料理を「手」で食した。屋台の「サトウキビジュース」は昔なつかしい、素朴な味わいだった▼「ソトコト」の創刊100号(07年10月号)は、ザンジバルの女性歌手ビ・キデゥデのインタビュー記事を掲載している。推定年齢95歳。大衆音楽ターラブの旗手はこの夏、来日公演を行った。同誌の取材に「ザンジバルでは、どこに行くにも裸足で歩いていきます。裸足で歩くことが健康につながるのです。大地を裸足で歩くことは、骨や体全体にとってとてもよい。これが長く歌い続ける秘訣です」と答えている▼64年10月10日、東京五輪が開幕した。エチオピア代表のアベベ・ビキラは、史上初の男子マラソン連覇を果たした。60年ローマ大会に「はだし」で出場。当時の世界最高記録で初優勝を飾り「はだしの王者」と賞賛された。43年後のこの秋、アベベの後輩ハイレ・ゲブレシラシエが、ベルリンマラソンで2時間4分26秒の世界新記録を樹立した。現在、エチオピアとケニアの東アフリカ勢が、男子マラソン世界歴代10傑の計11人中8人を占めている▼経済産業省は1日、12年ぶりに日本人の体格データを発表した。男性の身長、体重は30歳以上の全年代でアップした。特に40歳代は、前回調査と比較して「やや太り気味」に推移した。ロハスと縁遠い、飽食ニッポンの現実だった。そういえば、日本の男子マラソン勢は92年バルセロナ五輪銀メダルの森下広一以来、3大会連続で表彰台から遠ざかっている▼08年北京五輪の男子マラソン代表は、この冬の選考レース3大会(福岡国際、東京、びわ湖)で決まる。東アフリカ勢の厚く、高い壁をうち破る、スピードランナーは出現するのか。旅に病んで夢は枯野をかけまわる-。病の床に伏しながら、創作意欲を失わなかった、芭蕉の胆力を見習うべき、である。

白船 誠日(しらふね まさひ)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社入社。編集部、販売部、編集部、営業部、編集部を経て07年4月から編集部東京駐在。過去にサッカー、高校野球など担当。1963年12月生まれ。

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