2007年8月31日天性貧語
1615年の5月上旬、徳川家康が豊臣家を滅ぼし、応仁の乱から続く、戦国時代に終止符を打った。2年越しの大阪夏の陣で勝利を収め、江戸幕府の政権運営を盤石にした。一時の盟友であり、宿敵であり、主君だった豊臣秀吉を乗り越え、盛者必衰の理(ことわり)に背を向けた▼残暑厳しい392年後の夏、世界陸上大阪大会の男子100メートルで新王者が誕生した。台頭著しいタイソン・ゲイが世界最速の称号を手にした。25歳の若武者は「アサファ(パウエル)らライバルあっての僕。今後も彼らとのレースを通じて成長していきたい」と、同世代の世界記録保持者をたたえ、さらなる切磋琢磨(せっさたくま)を誓った▼セルビアの格言に「敵のない人間は値打ちのない人間」とある。外山滋比古氏はエッセーの中で「19世紀のイギリスは敵をつくる別の方法を見つけた。スポーツである」と書いている。さらに「人間、敵がなくては、弱くなる。なに不自由ないような人間には、汝の敵を愛せよ、がモットーである」という。好敵手の存在は、人生のワクチンであり、モチベーションとなり得る▼かつて、プロ野球の醍醐味(だいごみ)は「エース対主砲」の真剣勝負だった。村山対長嶋、江夏対王、星野対ON、江川対掛布、野茂対清原…。ときにチームの勝利を度外視して、18・44メートルのつばぜり合いを演じた。ありったけの「力と技」「天性と個性」をぶつけ合った。その刹那(せつな)、グラウンドは戦場と化した。だから、大衆の支持を得た▼ひるがえって、今季のプロ野球である。ダルビッシュ(日本ハム)成瀬(ロッテ)涌井(西武)ら、20代前半の伸び盛り世代がパ・リーグ投手成績の上位を占める。初陣のルーキー田中(楽天)は雄たけびを上げ、プロの先駆者たちに真っ向勝負を挑んでいる。しかし、何か物足りない。血わき、肉躍る、同世代の「ライバル対決」の欠如である▼セ・パ両リーグにおける、投打の成績上位5選手(外国籍選手を除く、8月30日現在)の平均年齢を調べてみた。セ=打者32・4歳、投手27・2歳。パ=打者29・2歳、投手25・6歳。トップ選手の年齢構成は「打高投低」の傾向を示す。「巨人の星」における、花形満や左門豊作はいつ、登場するのか。出でよ、若武者スラッガーである▼そこで、大阪桐蔭・中田翔(3年)に期待する。高校通算87本塁打を放った天性のアーティストは、すでに「打者1本」「12球団OK」の意思を表明している。プロ野球の高校生ドラフトは10月3日に行われる。日本ハム、阪神など複数球団の1巡目指名は確実で、さながら、中田争奪大阪秋の陣である。あの面構え、個性あふれる打撃フォーム…。「好敵手」たる、資質は申し分ない。無粋なほら貝の音は不要である。