2007年8月17日笑う門に…
最近、落ちない。なぜか、落ちない。銀行口座じゃない。この年になって、お姉ちゃんを口説こうなんて、魂胆はない。飛ぶ鳥以上の勢いはない。ほっぺたでも、木に登ったサルでも、目のウロコでも、洗濯物の汚れでも、腑でもない。現在体重58キロ…。ビリーザブートキャンプに入隊する、必要はない。
ましてや、新聞稼業である。取調室で容疑者に相対する検察官でも、絞め技を得意にする格闘家でも、地獄の入り口で審判を下す、えんま様でもない。ネットオークションに興味はない。飲み屋さんで経費を使えるほど、えらくない。20数年前の大学受験は落ちっぱなしだったのに…。とにかく「話」が、落ちないのである。は~っ。
ジェネレーション・ギャップなのか。酒の席などでたびたび、会社の同僚らの冷たい視線を浴びる。最近は「あのさぁ…」と切り出した途端、まず「その話、ちゃんと落ちるんですか」と突っ込まれる。ひとしきり、話し終わる。絶対に、おもしろい、はずである。しかし、すべる。「で?」「だから?」「え~っ、終了ですか?」…。一瞬の間が、胸の奥のやわかい場所をしめつける、のである。
さらに最近、笑ってないない。心から、笑ってない。もうすぐ、3歳になるめいは、常に笑顔を振りまいてくれる。43歳のおじさんを相手にかくれんぼしながら、大笑いしてくれる。「純真なんだな 子供だもの…」と、みつを調につぶやいてみる。うらやましい。心の底から、笑いたい。大声で、涙を流しながら、腹を抱えて、笑ってみたい。笑う門に…、のはずである。
このままじゃ、お天道様に申し訳ない。死んでも、死にきれない。落として、笑う? ふと、ひらめいた。落語である。タイガー&ドラゴン、である。オレの噺(はなし)を聞けぇ~、である。落ちぬなら、落としてやろう、ほととぎす、である。ある日のこと、江戸時代から続く、日本の大衆芸能の真髄を学ぶべく、娯楽の殿堂「鈴本演芸場」(東京・上野)に足を運んだ。
夏真っ盛りの現在、夜の部の演目は「さん喬・権太楼特選集」だった。連日、立ち見の出る盛況ぶりで「前売りはほぼ完売です。両師匠ともかなり力が入ってますから。聴き応えのある大作なんで、落語ブームというより、通の方が多くいらっしゃってますね」(演芸場スタッフ)という。午後5時20分、柳家喬之助師匠の創作落語を皮切りに「伝統芸のワンダーランド」が幕を開けた。
高座の合間に曲芸あり、ものまねあり…。昭和のいる・こいる師匠の昔ながら? のかけ合い漫才は、いぶし銀の味わいだった。仲締めに登場した林家正蔵師匠の「人情噺」は、笑いの要素に欠かせない「間」の勉強になった。哀愁漂うスリの改心モノを披露。会場がシーンと静まりかえった一瞬を逃さず、絶妙な間合いで落とされた。
仲入り後のトップバッター江戸家小猫師匠のものまねは、親子3代の筋金入りだった。「ほーほけきょ」と体全体でホトトギスになりきっていた。昔、テレビでよく見た林家正楽師匠の「紙切り」は、まさに職人芸の域だった。
そして、主演の1人、柳家さん喬師匠の「三枚起請」に息をのんだ。事実、手ぬぐいが「証文」に見えた。扇子が「キセル」と化した。1人の女郎に振り回される、3人の男たちの喜怒哀楽がはっきりと、この目に映った。
圧巻は大トリ柳家権太楼師匠の大作「らくだ」だった。「枕(まくら)」の入りで「長いよ。本当~に長いよ、いいの?」と、わざわざ立ち見の客に念押しする、熱演だった。身ひとつ、手ぬぐい一枚、扇子一面で複数(5人以上!)の登場人物を個性豊かに演じ分けた。
乱暴者の「らくだ」を弔う兄弟分のすごみと戸惑い、気が弱く、酒グセの悪いくず屋のボケっぷりと変ぼうぶり…。プロの噺家(はなしか)の奥深さ、言霊(ことだま)を自在に操る話芸に、目いっぱい創造力をかきたてられた。
そこで、一席-。
「ところで、ゆうちゃん。大学でよう落ちとるやん? 相変わらず、落とすのうまいなぁ」。
「何でぃ、何でぃ、まーくんよぉ。こちとらまだ試験前だぜ。縁起の悪いこと言っちゃいけねぇよ」。
「ちゃうちゃうって。早とちりせんといてや。ツーシームやて。ほら、去年のメリケン遠征で覚えたい、覚えたい、って言うとったやん」。
「おぅ、野球の話かい。異人さんの投手はみんな、手元でボールを動かしてくるからよぉ。アナハイムだか、穴に入るだか、知らねぇけど、ありゃ、勉強になったねぇ。ぺーぺーの1年生で、大学日本一のお役に立てたんだからよぉ」。
「早いもんやなぁ。もう1年たつんや。ごっつぅ盛り上がった、甲子園からのつき合いやさかいなぁ。メリケンでも相部屋やったし。一生もんの悪友やな」。
「バカ言っちゃ、いけねぇ。おととしの秋を忘れてもらっちゃ、困るぜ。神宮でお前さんに負けてから、こちとら、スライダーとフォークに磨きをかけたんでぇ。相棒もよぉ、ぽろぽろやらなくなってなぁ。そりゃ、腕上げてくれたぜ」。
「そうやった、そうやった。全国にはまだ、140キロ台の真っすぐを投げる投手がおるんや、知らなかったぁ、と、えらい印象に残ってるわ」。
「去年の夏なんざよぉ、何とか王子とか、騒がれちまって。全国制覇できたからいいもんのよぉ、こっ恥ずかしいったら、ありゃしねぇぜ」。
「何言うてんのや。国体んとき、目立とう思うて、また、青い手ぬぐい出したやんけ」。
「手ぬぐいじゃねぇよ。お江戸じゃハンケチって言ってな。お前さんとこのあっちゃんについ、そそのかされてよぉ」。
「ほんまかいな…」。
「お前さんだって、職業野球でずいぶんとまた、稼いでるじゃねぇか。棟梁(とうりょう)に神の子とか、呼ばれてよぉ」。
「ぼちぼちでんな。正直、出来すぎや。打たれても、点取り返してくれる、先輩方に感謝しとるんや」。
「とか言ってよぉ。西のチームにめっぽう強いって、評判だぜ」。
「ソフトのバンクやろ。よく考えてみぃ。貯金するの、当たり前やて」。
「お前さん、見かけによらず、メリケン語いけるねぇ。とかいって、甲子園じゃ、また勝てなかったなぁ。円つながりで、縁起がいいはずじゃねぇか」。
「あほちゃうか。嫌みかいな。今、工事中で外壁一面、ツタ模様のシートで覆ってるやん。つたない絵やから、気分が乗らなかったんや」。
「余裕じゃねぇか。新人王も見えてきたってか、こん畜生めぃ」。
「まだまだや。あんたこそ、全日本のMVP取ったり、メリケン遠征のメンバー入ったり、相変わらず、持っとるやん。秋は連覇やな」。
「連覇ってかぁ。あたりきしゃりきの、こんこんちきよぉ。おいら早大だぜ。夢ってのはなぁ、もっと壮大なもんよ」。
「えらいはりきっとるなぁ」。
「おいらのいる4年間はなぁ、ワセダの黄金時代を切り開くぜ。わがワセダ野球部は、一生勝ち続けますっ、てな」。
「4年後は、プロで勝負やな。手ぬぐい世代のみんなも、気張ってるさかい」。
「だ・か・らぁ、手ぬぐいじゃないって…。でもよぉ、おいら人気もんだからよぉ、引く手あまたじゃねぇか。職業野球もいいけど、メリケン野球も捨てがたくってな。そんときゃ、相談に乗ってくんな。職業野球の先輩だしよぉ、悪友じゃねぇか」。
「何言っとるんや。ウチら、あくゆうやろ。アドバイスったってな…」。
「何でぃ」。
「勝手にしやがれっ」…。
お後がよろしいようで…。♪ てけ、てんてんてん…♪
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