2007年8月 3日夢追続
最近、夢占いにはまっている。深夜におよぶ業務内容のため、ほぼ昼夜逆転の生活が続いている。午前2~3時の帰宅後、日の出近くの時間帯に就寝する。加齢の影響か、眠りが浅い。必然的に夢を見る。数時間ごとに目を覚まし、その内容を反すうする。
日常の風景あり、非現実的な状況設定あり…。現在・過去・未来が、無秩序に交錯する。登場人物は自身を含む家族、親族、友人・知人、芸能人、スポーツ選手など、多岐にわたる。人生の暗示か、ご先祖様のお告げなのか。やはり、気になる。つい、夢占いの解説書をひもといている。
ある日の夢-。
<女性と手をつなぎ、映画館に向かっている>。
◆解説『手は、あなたの生き方や考え方を暗示。異性と手をつなぐ夢は、恋愛がうまく運ぶしるし』『映画の夢は、自分の人生を第三者的に考えている暗示。もっと現実を直視すべき』。ふむふむ、矛盾してるな、と思いつつ、身に覚えがない。
またある日-。
<エレベーターが途中で止まり、見知らぬ若い男性と2人きりで閉じこめられる>。
◆解説『エレベーターは、人の援助を得られる暗示。閉じこめられる夢は、恐怖や不安を抱いている表れ。男性は、あなたの行動力や知性を暗示』。うーん、なぞめいている。
連続ドラマ仕立て? のケースがある。ある日-。
<学生時代のスキー学習。バスの出発直前まで用具が見つからない>。
その翌日-。
<白銀のスキー場で軽快に滑っている>。
◆解説『忘れる=義務や仕事、約束が気にかかっている。探しても見つからず、あきらめる夢を見たら、環境を変えるチャンス』『滑る=前進すべきか、迷っている。うまく滑っている夢なら、きっと成功を手に入れる。雪=純粋さ。新雪が降り積もる=可能性がまだ開花してない』。なかなか、示唆に富んでいる。
さらに先日、まか不思議な、夢を見た。
<CCCPのジャージーを着用した体操選手となり、コーチ=セルゲイ・ブブカに単種目のスペシャリストを目指すか、オールマイティーな選手を目指すか、アドバイスを受ける>。
◆解説『迷う夢は、何を選択すべきか、真剣に考えているしるし。その中で出会った人や物事は、現状を打開するためのヒントになる』『スポーツ選手の夢は、活動的になっているしるし』『スポーツの夢は、人生の縮図であり、進むべき人生の方向を示す』。なるほどな、である。
スポーツの『夢』といえば…。球児たちの夏、である。また、夢舞台の季節が巡ってくる。第89回全国高校野球選手権大会が8日、甲子園で開幕する。すでに南北北海道をはじめ、全国49地区の代表校が出そろった。49校882人の選手たちは、敗者の涙と勝者の誇りを胸に秘め、あこがれの聖地で終わらない夏を目指す。
南北海道代表の駒大苫小牧は、昨秋の地区2回戦コールド負けの屈辱をバネにチームを立て直し、5年連続7度目の甲子園出場を決めた。北北海道代表の駒大岩見沢は、昨秋の北海道大会決勝敗退を糧に、初の北北海道大会出場で「南北制覇」を達成した。そろって「敗戦」の2文字をエネルギーに転換した。ともに64年創立、同じ校歌の兄弟校が、初の甲子園同時出場でタッグを組む。
両校に多少の縁がある。初の甲子園取材は嘱託社員時代の92年センバツだった。代表校発表時から4度目出場の駒大岩見沢を担当した。当時、佐々木啓司監督は自宅を増改築して、遠隔地の部員を受け入れていた。取材後、何度か、夕食をごちそうになった。寮や父兄宅に泊めてもらった。30代半ばの青年監督は、家族ぐるみで、真正面から部員たちと向き合っていた。
数年後、あらためて、ひとつ屋根の下の共同生活の意義を聞いた。40代半ばになっていた佐々木監督は言った。
「あっちの気持ちが分かり、こっちの気持ちが分かる。(選手と)親子になる、ということ。そっからチームワークが生まれるんだ」。
選手として92年センバツ出場の高橋真次コーチは現在、指導者として後輩たちを鍛え上げる。当時、小学生だった同監督の二男達也はこの春から母校のコーチとなり「尊敬している」という、就任30年目の父親をサポートしている。
この春、東京転勤が決まり、自家用車を処分した。佐々木監督の愛車とまったく同じ車種、年式、ボディーカラーだった。ある日、車の話題となり「大学時代の通学路に(北欧メーカーの)ディーラーがあったんだ。ぴかぴかで格好よかったね。あこがれだったよ」と、購入のいきさつを明かしてくれた。
さらに子育て論となり「シラフネくんは結婚したのか? 早く子供を作りなさい。若い方がいい。子育ては、戦いなんだ。体力勝負だぞ」と、アドバイスしてくれた。残念ながら、50代目前になっていた同監督の教えはいまだ、実践できずにいる。
佐々木監督は93年センバツで北海道勢初の「4強入り」を果たした。当時36歳だった。あれから10数年あまり…。雌伏のときを乗り越え、9年ぶり3度目の夏の甲子園に臨む。過去2度は初戦敗退。気心の知れた教え子と二男に支えられ、夏の全国初勝利を目指す。
駒大苫小牧の香田誉士史監督は36歳のこの夏、指導者として自身6度目の夢舞台に挑む。04年は道勢初の全国制覇を達成。05年は史上6校目の連覇を成し遂げた。エース田中将大(楽天)を擁する06年は、球史に残る決勝引き分け再試合(対早実、3-4)のすえ、73年ぶり史上2校目の3連覇にあと一歩、届かなかった。
駒大苫小牧は創部3年目の66年、夏の甲子園に初出場した。その後、躍進する兄弟校の駒大岩見沢と対照的に、指導者不在の影響で長期低迷を余儀なくされた。地区予選すら突破できなかった。
95年就任の香田監督が負け犬根性を払しょくした。当時、同校に進学を希望する有力選手は皆無に等しかった。地元中学校の指導者に声を掛けると「道大会に出られるようになったら」と門前払いを食らった。
「悔しかったね。コンチクショーですよ」。
佐賀商時代に3度、甲子園の土を踏んだ。駒大時代は2度の大学日本一に貢献した。03年センバツ出場時に対戦校の藤代(茨城)の指導者から「北海道の野球は甘い」と指摘され「コンチクショー、今に見てろよ、と」。
道勢の常識を覆す冬期間の雪上練習を取り入れた。複数投手&複数ポジション&複数リーダー制など「リスク管理」を徹底した。さらに栄養学や気功の専門家を招き、心身両面の充実を図った。固定概念にとらわれず「進取の気質」で全国屈指の強豪チームを育て上げた。
初戦敗退に終わった01、03年および06年の甲子園取材を担当した。同校躍進の原動力は香田監督の「コンチクショー」の精神と少年時代の「夢」だった。小学生のころ、テレビに映し出される壮大な甲子園と池田(徳島)やPL学園(大阪)の圧倒的な強さに魅了された、という。
「お兄ちゃんたちすっげぇー、と。今でも気持ちは変わりません。純粋にあのころのままです」。そして、心に誓った。「ウチの選手たちもあんなお兄ちゃんになってもらいたい。絶対に全国制覇するんだ、と」。
昨夏の甲子園取材時だった。長男大河くんの話題となり「あいつは文化系ですから…。野球選手? 全然むりですよ」と、ジョーク交じりに苦笑した。さらに昨秋の高校生ドラフト直前だった。ポスト2・9連覇世代となる新チームの状況について「全然だめでしょう…。ウチはしばらく沈んでますよ」と、真顔で話した。事実、地区2回戦で北海道栄に7回コールド負けを喫した。
真意は、違った。持ち前の「コンチクショー」の精神に火がついた。
「この悔しさがバネになります。この結果を謙虚に受け止め、新たな闘争心を持ち、来年の夏につなげていきます」。
その言葉通り、つらく、長いオフを乗り越え、選手たちにたくましさを植え付けた。栄光の3世代だけじゃない。過去10数年の指導で培ってきた伝統と経験をベースに選手個々の長所を伸ばし、チームワークの重要性を説いた。迎えた夏。ライバル校を技と力でねじ伏せ、再び南北海道を制した。
ある日の夜-。父親の夢を見た。
<40代半ば当時か。元気にタバコをふかしながら「おい、あれ、25日にしたからな」と話しかけてきた>。
◆解説『夢の中の父親は権威の象徴。理性や責任の重要性を知らせる存在。何かアドバイスしてくれたら、その言葉の意味をよく考え、行動すべき。現状が好転する』『タバコは男性のシンボル』。病気の影響で言葉を失い、もう7年近く、入院生活を送る父親のメッセージに頭を悩ませている。
昨夏の南北海道大会開会式の待機中だった。香田監督は地元中学生にサインを求められた。差し出された白球に「夢追続」と、力強くしたためた。
「夢って、いつまでたっても、いくつになっても、追い続けるもんじゃないですか」。
夏の甲子園の組み合わせ抽選は5日に行われる。指導者であり、父親である、51歳の佐々木監督と36歳の香田監督はこの夏、北海道民にどのような夢を見せてくれるのだろうか。