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北海道発・記者ブログ

2007年6月23日「3本ライン」と日本の野球

 サンサンと輝く、大学日本一だった。早大(東京6大学)が全日本大学野球(17日決勝、東京・神宮ほか)で33年ぶり3度目の優勝を飾った。準決勝、決勝で勝利投手となった斎藤佑樹が、大会史上初の「1年生MVP」に選出された。「やっぱり何か持ってるなという感じ。一生何か持ってる、こういう人生なのかと思います…」。昨夏の甲子園Vに続く、高校・大学連覇は、史上初の快挙だった。

 斎藤のスパイクを彩る「3本ライン」が、大会最長ブランクとなる「33年ぶり」の大学日本一を暗示? していた。早大は03年からアディダス・ジャパン社(本社・東京)と提携。「スポーツ振興」「学術振興」「ブランドビジネス」を三本柱に包括的パートナーシップ契約を結んだ。日本初の「カレッジ・スポーツ・ビジネス」として注目され、野球部を含む各運動部は、同社のスポーツ用品を使用している。

 同大ラグビー部のオフィシャルジャージなど「ワセダブランドシリーズ」は現在、全国各地の同社直営店で販売されている。各種商品を取り扱っている早大生協の担当者は「斎藤くん効果でしょう。野球部の応援グッズやユニホームTシャツは、かなり売れてます。一番の売れ筋は(ワセダ仕様の)水色のハンカチ。一般の方が買われていきます。以前からあったんですが…」という。佑ちゃん人気恐るべし、である。

 旧西ドイツ発祥のアディダス社は48年に設立された。創業者の故アドルフ・ダスラー氏は24年に兄ルドルフ氏と靴製造・販売の「ダスラー商会」を興し、24年後に独立した。愛称の「アディ」+「ダスラー」の短縮形で「アディダス」と命名。当時、1~6本入りラインの入った各種シューズをテストした結果、トレードマークの「3本ライン」が誕生した、といわれている。

 ケンカ別れ? した兄ルドルフ氏は同年に「プーマ社」(設立時の名称はルーダ社)を立ち上げている。ライバル関係にある両社の本社社屋は、ダスラー商会発祥の地ドイツ・ヘルツォーゲンアウラッハにあり、小さな川を隔て、向かい合っている。真の兄弟ブランド? として、06年ドイツW杯の試合会場となったニュルンベルグ郊外に位置する小さな村(通称アディプー村)から、世界規模の一大スポーツブランドに成長していった。

 創業から59年あまり…。アディダス社の製品は世界のスポーツシーンをリードしてきた。54年サッカーW杯スイス大会で優勝した旧西ドイツ代表の交換式サッカースパイク、「スタンスミス」で名高いテニスシューズ、元世界ヘビー級王者モハメド・アリ氏のフットワークを支えたボクシングシューズ、「スーパースター」の商品名でNBAをせっ巻したバスケットボールシューズ…。スタンスミスやスーパースターはその後、タウンユースのスニーカーとして、ファッションに敏感な若者たちの心を捕らえ、一時代を築いた。

 さらに斎藤の先輩に当たる、早実出身のソフトバンク王監督は現役時代、エナメル仕様の同社製スパイクを履き、通算本塁打の世界記録「765号」を達成した。旧西ドイツからの直輸入品で当時の値段は一足約2万5000円…。米国製グローブより高価だった。月1足のペースで履きつぶし、前人未踏(ぜんじんみとう)の大記録を打ち立てた。現役最後の「868号本塁打」を放ったスパイクは現在、同社のグローバルバルセンター内で保管・展示されている。

 中学校時代の思い出が頭をよぎった。当時、学校の部活(陸上)と掛け持ちで硬式野球のクラブチームに所属していた。一般的に普及していなかった同社の野球用品にあこがれ、父親に頼み込み、3本ラインの硬式用グローブを購入した。日本製の商品と比較して、革がぶ厚く、固く、手になじむまでに至らなかった。試合時は、小学生時代から愛用する軟式用グローブを使わざるを得なかった。手作業で修理を重ね、捕球時の痛みに耐えた。その後、日本の野球市場から撤退した同社製のグローブは、実家の自室で新品同様のまま、眠っている。

 同社の日本法人アディダス・ジャパン社は昨季からプロ野球巨人とタッグを組み、日本市場における野球ビジネスに本腰を入れ始めた。ビジター用ユニホームに球団史上初の「黒」を採用。今季交流戦の一部主催試合で限定使用された「V9時代」(65~73年)の復刻ユニホームは、オールドファンを喜ばせた。同社によると「2年ほど前から野球にも力を入れてます」という。米大リーグの名門ヤンキースは数年前からアディダス・USA社のサポートを受けている。

 巨人といえば、長嶋茂雄氏である。東京6大学野球のスーパースターは、58年(昭和33)に巨人入りした。背番号「3」を身につけ、デビュー戦の4打席4三振、日本プロ野球史上初の天覧試合(対阪神)におけるサヨナラ本塁打など、記録以上に記憶に残るプレーの数々でプロ野球界をけん引した。新人王、通算5度のシーズンMVP、同6度の首位打者、同2度の本塁打王、同5度の打点王を獲得した天才打者は、74年の現役引退時に「わが巨人軍は永久に不滅です」という、名言を残した。

 長嶋氏引退から「33年後」の07年、「33年ぶり」の大学日本一に貢献した早大・斎藤はリーグ戦優勝後の祝賀会でマイクを握った。学生5000人の前で「自分のいる4年間は、ワセダの黄金時代を切り開きたいと思っています」と絶叫した。さらに「わがワセダ野球部は、一生勝ち続けますっ」と宣言した。思考回路が似ているのだろうか。クールで、熱い。ミスターをほうふつさせる「名セリフ」に天賦の才を感じ取った。

 直系の先輩王監督に加え、「3」の代名詞である長嶋氏の素養を受け継いだ? 斎藤は日米大学野球選手権(7月4~8日、米国)の代表入りを確実にしている。2年連続でベースボール発祥の地に乗り込む。昨夏、斎藤ら高校ジャパンの米国遠征に同行取材した。アナハイムでメジャーの試合を観戦後に「落ちるボールが勉強になりました。マスターしたいですね」と収穫を口にした。事実、その後習得したツーシームが、大学野球で威力を発揮した。

 日米大学野球の代表メンバー22人は25日に発表される。昨夏の高校野球西東京大会から「28戦無敗」の右腕はこの夏、サンサンと照りつける太陽のように、再び米国のマウンドで輝くのだろうか。

白船 誠日(しらふね まさひ)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社入社。編集部、販売部、編集部、営業部、編集部を経て07年4月から編集部東京駐在。過去にサッカー、高校野球など担当。1963年12月生まれ。

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