2007年5月14日スピリットってなんだろう?
ヨットの単独世界一周レース「ベルックス5オーシャンズ」に出場していた白石康次郎が4月30日、総合2位でフィニッシュした。昨年10月にスペイン・ビルバオをスタート。オーストラリア・フリーマントル、アメリカ・ノーフォークを経由後、再びビルバオに戻ってきた。総合成績は118日1時間42分。優勝タイムはバーナード・スタム(スイス)の103日22時間10分だった。
「5オーシャンズ」は4年に1度開催される。世界最高峰のトップセーラーたちが、約6カ月間におよぶ、長く、過酷な「海の上の1人旅」に挑む。白石は93年に26歳で「世界最年少単独無寄港世界一周」を達成。日本人初挑戦となる同レース「クラス1」で、その歴史に名を刻んだ。「身に余る順位です」。愛艇の「スピリット・オブ・ユーコー」は、師匠の故多田雄幸氏に由来する。
90年夏だった。当時無職の26歳。ヒマをもてあまし、遠戚の経営する新潟・柏崎のビジネスホテルで住み込みのアルバイトをしていた。7月末のある日、ホテル経営者の長男氏に誘われ、ヨットの外洋レースに参加した。同市の「市制50周年記念 日ソ親善ヨットレース」で日本海を横断した。柏崎~ソ連(現ロシア)・ナホトカ間、約810キロのルートに3昼夜を要した、と記憶している。
日ロ合わせて20艇出場のレースは、まさに風の吹くまま…、の結果に終わった。トップは約1・5日でナホトカ港に到着した。最下位はフィニッシュまで5日間ほど費やした。無風時は1メートルすら進まない。強風時は船体を45度以上傾け、漆黒の海を疾走する。自身、ヨットの経験はおろか、技術も知識もなかった。航海中、生きた心地がしなかった。まったく役に立たないまま、船底にへばりついていた。
ゴール地点のナホトカは、広大な国土の極東に位置する、人口10万人程度の商港都市だった。ソ連邦崩壊直前の現地に2日間ほど滞在した。ホテルのシャワーから、赤さび交じりの水が弱々しく、流れ出た。食事は歯ごたえのある、薄っぺらいパンにスープ、原料不明のハム、魚の塩漬けなど…。スーパーに足を運ぶと、缶詰類や鮮魚といえない魚類、1種類しかない食パンが、無造作に並べられていた。小樽の姉妹都市で、経済破たん、格差社会の一端を体感した。
初体験のヨットレースから17年あまり。ロシア連邦誕生、民主化推進の立て役者となったボリス・エリツィン初代大統領が4月23日に逝去した。76歳だった。同年に起こったクーデターの際、戦車の上に立ち、徹底抗戦を呼びかけ、大衆の支持を得た。在任時は「北方領土5段階返還論」を展開。朝日新聞の天声人語は「オムレツを作るには卵を割らなくてはならない-氏はソ連という固い卵を割る役目を授かり、それを果たして、旅立っていった」と悼んだ。
90年代半ば以降、日本のスポーツ界で次々と「固い卵」が割られてきた。野球の野茂英雄、サッカーのカズが先駆者となった。イチロー、松井秀喜、松坂大輔、中田英寿、中村俊輔らが続いた。祖国から遠く離れた戦場=グラウンドやピッチで躍動する姿は、純粋に日本人の胸を打った。深夜早朝のテレビ観戦やニュース速報が日常生活の一部となった。言葉の壁を乗り越え、強い意志と卓越した技術、たゆまぬ努力で、味わい深い「オムレツ」を提供してくれた。
安倍首相は現在、戦後ニッポンの「固い卵」を割ろうとしている。「憲法改正」である。その手続きを定める国民投票法案が過日、参院憲法調査特別委員会で可決された。同法案の骨子は「投票対象は憲法改正に限定」「投票権年齢は18歳以上…」「公務員や教育者による地位を利用した投票呼びかけを禁止…」「テレビCMなど有料広告は投票日の14日前から全面禁止」「公布から3年後に施行…」など。果たして、我々一般大衆の支持を得られるのだろうか。その議論から「スピリット」は感じられない。