2007年4月30日友人…それはお金で買えない財産
夕張市長選で初当選した藤倉肇市長が27日、夕張市役所に初登庁した。経費節減のため、他の職員同様、エレベーターを使わず、階段を利用した。「夕張のセールスマン」を自負する新市長は、財政再建団体に移行した自治体のトップとして、いばらの道に第1歩をしるした。
藤倉市長と前市長の後藤健二氏は、夕張北高(すでに閉校)の同級生だった。全国の注目を集めた選挙戦の最中、地元在住の同校OBが中心となり、草の根運動で支持を広げていった。結果として、わずか342票差で次点の羽柴秀吉氏を振り切った。旧友たちの後押しが、初当選の原動力となった。
学生時代の友人は、かけがえのない「財産」である。79年春、札幌の市立高校に入学した。当時の1年8組にアクの強い? 人材が集まった。入学式前の登校日に大きなマスクで顔を覆っていたウメダ、銀ぶちメガネで一見おぼっちゃま風のヨシダ、天然パーマと称するパンチパーマでまゆ毛の細いシラフネ…。互いの第1印象は決して、よくなかった。あくまで、偶然の出会いだった。
3年時にサッカー部主将となったウメダは、通学途中に好みのタイプの女の子を見かけると、気軽に「やぁ」と声をかけた。好意を寄せていたクラスメートの転校が決まり、やけ酒を飲んだあげく、札幌駅前通りを転げ回った。プロレス好きのヨシダは、体育委員長を務めながら、校舎内の喫煙で丸刈りになった。高校時代に「理屈じゃないんだ~っ」と叫んでいた2人はその後、そろって同期の仲間と結婚した。
20代半ばで「旧友」のありがたみを痛感した。大学卒業時、地元の広告代理店に就職した。理想と現実のギャップを消化できず、入社3カ月足らずで退職した。自立できないまま、親のすねをかじり、自暴自棄の生活を送った。人間不信に陥り、家族にすら、心を開かなかった。自律神経失調症と診断され、体重が30キロ以上減った。
人生のどん底で悩み、もがき、苦しんでいたとき、友人たちの存在が心の支えとなった。ウメダ、ヨシダだけじゃない。マツノ先生、スギモトさん、オキさん、マミちゃん、カオリちゃん、キョウちゃん…。彼ら、彼女らの心遣いと変わらぬ笑顔に救われた。打算のない、無償の友情に感謝した。5年経っても、10年経っても、そして、今でも、トモダチはトモダチのままだった。
光陰矢のごとし-。ウメダの長女がこの春、母校に合格した。22期生の両親を持つ直系? の後輩は、節目の50期生として、1年8組の一員として、高校生活のスタートを切った。広辞苑によると、とも-だち【友達】親しく交わっている人。とも。友人。朋友。ゆう-じょう【友情】友人の情愛。友達のよしみ、とある。卒業までの3年間、出会いを大切にしてほしい。一生つきあえる友人は、お金で買えない財産だから。