2007年1月22日還暦ボクサーがいてもいいのでは
あの男が、16年ぶりにリングに帰ってくる。第1作の日本公開から30年あまり…。「還暦ボクサー」となったロッキーが、生卵を飲み干し、階段を駆け上がり、生肉のサンドバッグをたたき、四角いジャングルに舞い戻る。ビル・コンティ作曲の「Gonna Fly Now」が、年老いた元世界チャンピオンの背中を押す。対戦相手は無敵の現役王者ディクソン。果たして、結末は…。
子供のころ、スクリーンに映し出されるヒーローにあこがれた。「燃えよドラゴン」(73年日本公開)のブルース・リーに圧倒され、手づくりのヌンチャクを振り回した。「サタデー・ナイト・フィーバー」(77年同)のジョン・トラボルタになりきり、右手人さし指を突き上げた。「ロッキー」(77年同)のシルベスター・スタローンに感化され、拳を握り、思わず走りだしていた。心ひかれるヒーローは強く、優しく、純真だった。
日刊スポーツは1月8日付紙面でシリーズ6作目となる「ロッキー・ザ・ファイナル」の主演、監督、脚本を手掛けたスタローンのインタビューを掲載している。
スタローン「新作は何もないゼロの状態から復活しないといけないと思った。栄光は麻薬と同じ。1度浴びたスポットライトは病み付きになり、成功はヘロインみたいなもの。でも、私は現実を教えてくれる妻と家族のおかげで、普通の生活を送ることができた。妻には(続編は)辞めた方がいいと言われたけど、意欲さえあれば年を取っても挑戦できると示したかった」
30歳のデビュー作「ロッキー」で世界規模の成功を収め、アメリカンドリームを体現したアクションスターが、還暦を迎え、初心に立ち返り、チャレンジした意欲作、といえる。
現実として、60歳のボクサーがプロのリングに立てるのか。日本ボクシングコミッションの試合ルールによると、ライセンス交付の年齢制限は17歳以上36歳まで、と規定されている。37歳に達した時点で自動的に現役引退となる(一部例外あり)。米国は違う。年齢制限はない。協栄札幌赤坂ジムの赤坂裕美子マネジャーは「あくまで選手個人の意志が尊重されます」と説明する。実際にジョージ・フォアマンは45歳で世界戦に挑み、ヘビー級王座に返り咲いている。
96年だった。実在のヒーローにあこがれ、その米国に渡った。ドジャース野茂英雄(当時)の試合を観戦するため、「ロッキー」の舞台フィラデルフィアを訪れた。対戦相手フィリーズの本拠地ベテランズスタジアム(当時)はスポーツ総合施設内にあった。球場に隣接する屋内競技場前で見覚えのあるボクサーが両腕を掲げていた。「ロッキー3」に登場するロッキー・バルボアの銅像だった。その後、倉庫に保管されていた不朽の名作の象徴は昨年、フィラデルフィア美術館の敷地内に移設されたという。
戦後ニッポンを支えてきた団塊の世代が07年以降、順次定年を迎える。本人の意思にかかわらず、現役引退? を余儀なくされる。第二次世界大戦後のベビーブームに生まれ、常に競争の荒波にもまれてきた企業戦士は、約680万人に上る。赤坂マネジャーは言う。「(ジムに)60歳近い方はいらっしゃいます。体力の範囲内であれば、問題はありません。若い人と同様のメニューをこなし、やってるうちに、もっとやりたい、と欲が出てくるようです」。北海道に、身近な場所に、ロッキーは存在する。
昨年12月に米国で公開された「ロッキー・ザ・ファイナル」は4月21日、日本に上陸する。制作費110万ドル(1億2650万円=現在のレート換算)の第1作は、興行収入1億1700万ドル(134億5500万円=同)を挙げ、アカデミー賞およびゴールデングローブ賞の作品賞を受賞した。無名俳優だったスタローンの成功は「20世紀最大の奇跡」と評された。「愛」と「人間」と「努力」をテーマにした作品は世界中の若者の魂を揺さぶった。
「テレビでロッキーをやると、入門希望者が増えますね。終わったころ、夜の11時過ぎにいきなり電話がかかってくるんです」と赤坂マネジャー。
この春、いったい何人の還暦ボクサーが、拳を握り締め、走りだすのだろう。