2007年1月 7日斎藤の「1/296球」
駒大苫小牧の岡川直樹選手は、今でもまだそんなはずがないと思っている-
昨年末のテレビ番組で06年夏の甲子園決勝を特集していた。3連覇を狙う駒大苫小牧(南北海道)と初優勝を目指す早実(西東京)の2試合計24イニング、5時間33分に及ぶ死闘の記憶が、色鮮やかによみがえった。現場取材時のスコアブックを見返した。登板した両校の延べ3投手は計612球を投じていた。1人で投げ抜いた早実・斎藤佑樹(3年)は計296球の力投だった。
特集番組は斎藤の「1/296球」にスポットを当てた。1-1の延長15回引き分けに終わった決勝の11回表、駒大苫小牧の攻撃だった。1死満塁のピンチで打席に岡川を迎えた。カウント1-1からのスライダーは、スクイズを試みた打者のバットを避けるように曲がり、落ち、ワンバウンドした。飛び出した三塁走者は捕手の送球でアウトになった。スコアブックに「22(122キロ)スラ」「スク空振り」と記されていた。
故山際淳司氏の「江夏の21球」が脳裏に浮かんだ。79年のプロ野球日本シリーズ第7戦を描いた同作品は、雑誌「Number」の創刊号に掲載され、スポーツ・ノンフィクションの先駆となった。1点リードの9回裏に広島江夏が投じた全21球を詳細に検証。1死満塁の場面で近鉄石渡のスクイズを見破り、瞬時の判断でボール球を投げた「19球目」に至る、作者の視点および手法、登場人物の心理描写が印象的だった。
斎藤の「1球」と江夏氏の「1球」が交錯した。右腕と左腕、高校生とプロ13年目のベテラン、甲子園とプロ野球、といった事実関係の違いはある。それ以上に「初優勝をかけた夏の甲子園決勝と3勝3敗で迎えた日本シリーズ第7戦」「土壇場の1死満塁」「変化球で意図的にスクイズ外し」「三塁走者アウト」など、共通項は多い。
斎藤は「足を上げたら走者が走ったのが見えた」と、意図的にスライダーをワンバウンドさせた。江夏氏は「オレの手をボールが離れる前にバントの構えが見えた」と、カーブの握りのまま外角高めに外した。両投手の洞察力と制球力、さらに非凡な野球センスが「記憶に残る1球」を可能にした、といえる。
07年は95年に他界した山際氏の13回忌にあたる。生前、「江夏の21球」を収めた「スローカーブを、もう一球」など、スポーツ・ノンフィクションの秀作を手がけ、NHKのスポーツ番組でキャスターを務めた。06年夏の甲子園で光った斎藤の「1/296球」。山際氏なら、どのように料理するだろうか。「優勝請負人」としてプロ通算206勝193セーブを挙げた江夏氏なら、どのように解説するだろうか。興味は尽きない。
「江夏の21球」の冒頭を引用する。
近鉄バファローズの石渡茂選手は、今でもまだそんなはずがないと思っている。
残念ながら、スコアブックに駒大苫小牧・岡川のコメントはなかった。香田誉士史監督(35)はスクイズに関して「意表をつこう、と迷わず(サインを)出しました。采配ミスでした」と答えている。王者の戦略を上回った早実エースの投球術。この春、早大に進学する斎藤は、神宮球場を舞台に、どのようなドラマを演出するのだろうか。