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北海道発・記者ブログ

2006年12月23日オツオリ様覚えていますか?

 拝啓 オツオリ様

 あなたはまだ、走り続けているのでしょうか。やや前傾姿勢で、大きなストライドを伸ばし、額に汗を浮かべているのでしょうか。タスキをつなぎ、人なつっこい笑みを浮かべ、白い歯をこぼしているのでしょうか。きっと、どこかで、走っているよね。きっと、笑っているよね。

 突然の訃報(ふほう)でした。高校野球の取材で米国滞在中の9月初旬、ネット上のニュースに目を疑いました。母国ケニアに帰国中、交通事故で亡くなった、と知りました。山梨学院大時代の活躍は忘れられません。89年に箱根駅伝初のケニア人ランナーとして「7人抜き」の衝撃デビュー。花の2区で3年連続の区間賞を獲得した上、4年時にチームを初優勝に導きました。まさに「箱根の怪物」でした。

 覚えていますか。出会いは87年でした。大学4年時のケニア留学中、知人の紹介で地元高校生2人の「日本語指南役?」を依頼されました。片言のスワヒリ語とつたない英語をやり繰りしながら、1日2時間、計5回ほど、日本について、一緒に勉強しました。「君の夢は?」「五輪のマラソン代表選手だよ」。その英語力に驚かされ、澄んだ目とはにかむ表情が印象的でした。

 ほどなく、もう1人のケネディ・イセナ氏と日本の高校に編入した、と聞きました。大学進学後、1月2日に箱根を快走する勇姿はちょっぴり自慢のタネでした。いちまつの不安はありました。当時、アマチュアスポーツ界の外国人留学生は珍しく、強すぎるがゆえ、一部で批判の対象となりました。ただ、ひたむきに、我慢強く走り続ける姿と絶やさぬ笑顔が、周囲の声を封印した、と信じてます。

 現在、多くの後輩たちが日本で走り続けています。来年1月2日スタートの箱根駅伝に2人のケニア人ランナーが出場します。先駆者として、日本とケニアの架け橋となった、あなたの功績です。みんな、感謝しています。12年ぶりの優勝を目指す山梨学院大は10月完成の陸上競技場に鎮魂の碑を併設しました。「末永く陸上部の護(まも)り神とする」。故ジョセフ・モガンビ・オツオリ氏。享年37。早すぎる死に合掌。

 敬具

 追伸 手元に1枚の写真があります。19年前、ケニアのホテルで写したツーショット写真です。「その写真ほしいな」「今度、プレゼントするよ」。結局、約束を果たせぬまま、あなたは天国に旅立ちました。この手紙に謝罪の意を込めます。クワヘリ・ヤコナナ…。

白船 誠日(しらふね まさひ)

 北海道札幌市出身。92年北海道本社入社。編集部、販売部、編集部、営業部、編集部を経て07年4月から編集部東京駐在。過去にサッカー、高校野球など担当。1963年12月生まれ。

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