2007年2月16日ディープに感じた思い、記憶によみがえる1頭
いちファンとして、強いままのディープでいてほしいと思う。
種牡馬となったディープインパクト(牡5歳)が14日、けい養先の安平町・社台スタリオンステーションで一般公開された。ファンの前に姿を見せるのは、引退レースとなった昨年12月の有馬記念以来。貴重な機会とあって、訪れたファンは、なんと1200人。しかも、牧場側が1月下旬に定員600人で見学者を募集したところ、わずか2日間で1200人に達し、慌てて締め切ってのもの。そのまま募集を続けていたら、いったい何人に膨れ上がったことか。
びっくりするほどのディープフィーバーにも、こちらは報道する側でもあるので、冷静に受け止めるようにしている…つもりだ。でも、思い起こせば、自分自身も名馬との対面に舞い上がったことがある。
オグリキャップ。ディープ同様、有馬記念で有終の美を飾り、3つの競馬場で引退式を行った後、91年1月28日、種牡馬として生活する新冠町の牧場に到着した。地方競馬から中央競馬に移籍し勝ちまくった同馬は、雑草がエリートを打ち破るというドラマ性もあって、ディープに負けないくらいの人気があった。
当時の私は記者職に就いて1年足らずだった。オグリの毎日を取材したが、取材力がない→ネタを出せない、加えて筆力もなく、苦労の連続だった。困りに困って「ファン用の見学台ができた」で40行、「オグリの住む馬房はこんな感じ」と、なんのことはない普通の馬房をご丁寧にイラスト付きで紹介したり、なんてこともあった。でも、楽しかった。なにせ、気持ちの一部はファンのノリ。放牧地での姿を写真撮影するときには、なんたって取材ですから、一般見学時間外の撮影も許された。牧場の人は仕事で忙しい。放牧地にはオグリと自分だけ。「あのアイドルホースを独り占め♪」ってな感じで喜んでいた記憶がある。
そのオグリキャップは、残念ながら種牡馬として成功しなかった。子供の1期生から日本ダービー、オークスに出走する馬が出たが、大きなレースを勝つまでの馬は出てこなかった。今では中央競馬で走っている産駒はほとんど見ない。思い入れが深いだけに残念。
昨年10月にいじめを苦に自殺した福岡の中学2年生の児童のことが頭に浮かんだ。両親が実名を公表し、最近ニュースでも報道されている。遺書の中にあった「生まれ変わったらディープの子供で最強になりたいと思います」。胸が痛むと同時に、競走馬がこれほどまでの存在なのかと、あらためて感じさせられた。
種牡馬として成功し、1人でも多くの人に夢を与え続けてほしいと思う。