2006年12月19日がんばれ!北都プロレス!!
学生時代、好きだった本の1つに、直木賞作家村松友視氏の「私、プロレスの味方です」があった。アントニオ猪木の新日本プロレスが全盛のころ。初代タイガーマスク、長州力vs藤波辰巳(現在は爾)の名勝負数え唄…。金曜日夜8時のテレビ中継(当時はゴールデンタイムでした)をワクワクして待ったものだ。
「私、プロレス-」も、猪木が主役だった。相手の技を受けて、その上で勝つ。これぞプロレスの美学。リング上は非日常の世界で、あこがれた。4年半前、東京で猪木さん(あえて、さん付け)を1対1で取材したが、もう緊張したといったらない。取材後、ときおり相手との記念撮影をお願いすることがあるが、だいたいの場合、写真はそのうちなくす。でも、猪木さんとの写真は、今も宝物、大事にとってある。
そんな私が今、違った意味で「私、プロレスの味方です」という気持ちでいる。北海道内で活動している北都プロレスを応援している。メジャーとは程遠い。大会場での試合も無縁だ。ストロングスタイルの象徴と自分が考えている黒のショートタイツも、あまりいない。
何にひかれたか…。非日常とは逆に、現実的な姿を見て応援したい気持ちになる。
今夏、団体は天売・焼尻島に遠征した。ともに人口が400人ほどの島。過去、どの団体も行ったことがなく、「島で初めてのプロレス開催」という触れ込みだった。人口が人口だけに、観客数は100人に満たない。チャリティーで入場料の一部を寄付していることもあって、十数人のプロレスラーはノーギャラに近い形での参加だった。
団体を率いて、レフェリーもこなすクレイン中條さんは、それでも満足げだ。「初めてプロレスが来てくれると喜んでくれる人がいた。それだけでうれしい」ギャラは少なくても、島ならではの報酬があった。とれたばかりの魚。団体が札幌から持参した米10キロと野菜に、島の人たちが魚を調理し鍋をつくってくれた。それが天売・焼尻遠征での選手の夕食だった。
北都プロレスは今年、道内で29大会を行った。神社の境内、病院や健康センターの敷地。FM放送局内など、「ホントにそこでやるの?」という会場も多い。大会場は賃料が高いし、プロレス興業イコール背後にアブない人が…。そんな色メガネで見られることもあり、会場を確保するのは大変だという。
ストロングスタイルもいい。でも、何かほっとさせられるこんな団体も好きです。