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北海道発・記者ブログ

2007年10月 7日まだまだ浸透していない裁判員制度

 眠れない朝、何とはなしにテレビを見ていると、ニュースのある特集に目が止まった。多くの弁護士が、09年にスタートする裁判員制度に向けての準備ができていない、という話題だった。刑事だけでなく、民事も扱う弁護士はさまざまな案件に忙殺され、なかなか準備の時間が取れず、また制度への関心も高くないのだそうだ。一般的にもあまり関心が高いとは言えないこの制度。このまま始まっていいのかと、見ながら不安になってしまった。

 正直なことを言えば、裁判員には選ばれたくない。他人の人生を左右する、有罪無罪の判断するのはとてつもなく重いことだ。それを素人にやらせるなんて酷な話だ。後に、その判断が間違っていたなんて事になれば、立ち直れない。逆恨みされて居場所を突き止められたりでもしたら…、なんて恐怖もある。裁判で聞いた事は秘密にしないと罰せられるそうだが、私などは泥酔でもしたら、記憶のないうちに話してしまいそうで、心配で酒もおいしく飲めない。

 何よりも裁判のある期間、仕事を休まなければならないのが一番困った話。少人数のわが部署で、長期間休もうものなら、他の人の休みを奪うことになり、大ブーイングを食らうだろう。それなのに、基本的に選ばれてしまったら拒否できない(高齢者や重病の人などは辞退できる)。こんな制度、やめてほしい。皆さん同じ気持ちだと思うのだが。

 ただ、他方で裁判に対しての不信感もある。光市の母子殺害事件の被告の弁護士は「死者を復活させる儀式だった」と訳の分からないことを言い出して、死刑を逃れようしているらしい。福岡の3児ひき逃げ事件の被告の弁護士は「被害者が居眠り運転をしていた」と主張しているらしい。罪を軽くするのが仕事だと言われればそれまでだが、「死刑!」とだけ言って閉廷できないものか。だらだらと裁判をやって、遺族を傷つけ続けるだけだと思う。

 そう考えれば、裁判員制度も意味があると思える。みんなの代表として、その思いを迅速に判決に込めることができるのは、いいことだ。そうなるためには、自分の考えをしっかり持たないといけないとも思う。裁判になれば、検察官や弁護士に、外に出ればマスコミに、てんびんを揺さぶられるだろう(マスコミにはそういう部分があると思う)。いざ、選ばれた時のために、普段から自分の考えを持っていたいと思う。

 まぁ、それでも選ばれないことにこしたことはないんですけどね…、それじゃダメか。

大橋 直樹(おおはし なおき)

 神奈川県横浜市出身。02年に北海道本社のレース専門アルバイト(東京勤務)として入社し、04年に正式入社。現在は編集部東京駐在に所属。紙面のレイアウトや見出しをつける整理業務を担当している。1981年1月生まれ。

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