2007年8月15日私にとっての「運命の1戦」
学校は今、夏休みの真っただ中。会社へ行く途中の公園で毎日、子供たちが遊んでいる。自分もこのころは、遊んだり、もう少し大きくなると部活に明け暮れたりした。だが、1年だけ何もしていない年があったのを覚えている。中学3年の時だ。
部活は引退し、周りは受験勉強にモードを切り替えていたが、志望校のレベルを不本意にも1つ落としてしまった私には、やる気が起きない。その年は猛暑で連日の35度超えで、外出する気にもならない。脱力感にくるまれたまま、一日中、家でボーッとテレビを見ていた。そんな夏休みで自分が何をしたという記憶がない。唯一印象に残っているのが、夏の甲子園、旭川実-鹿児島商戦だ。
1995年8月15日に行われた試合。ご記憶されている方も多いと思う。7点差を追いついた旭川実が8回に突き放され、11-13で迎えた9回表。鹿児島商のファインプレーで併殺になり、本塁打で1点返したが2死。次打者が放った平凡な三塁ゴロ。「あー、終わった」。そう思った時に、球があらぬ方向へバウンドした。翌日の新聞がただ一言「あっ」という見出しがついていたが、私もそう叫んでいた。信じられないくらいのイレギュラーバウンド。それをきっかけに旭川実が試合をひっくり返してしまった。「こんな事あるんだな…」。ただ、ただそう思った。今でも、甲子園で1番印象に残っている試合だ。
何の因果か、旭川実のある北海道の新聞社に勤め、「あっ」ほどの素晴らしいものはつけられなくても、見出しをつける仕事をしている。あの試合から12年。大げさに言えば、私にとっても「運命の1戦」だったのかもしれない。駒大苫小牧の甲子園連覇や日本ハムの日本一の紙面作りにも携わらせてもらった。12年前、無駄だと思っていた夏休みが、忘れたころに幸運をもたらしてくれた。こじつけだけど、今はそう思うようにしている
8月15日は終戦記念日だ。試合の日付まではっきり覚えているのも「終戦50年目」だったからだ。戦争の困難の中にいる人を思うと、後ろめたい気持ちになるが、こうして戦争していない場所でこの日を迎えられることが、1番の幸運なんだろうと思う。ただでさえ、実力のない?自分なのだから、何でもないところにある幸運を大事して生きていきたいと思う。