2008年2月18日ぶれない心を
ドキッとさせられた。フリースタイルスキーのW杯猪苗代大会で約2年ぶりに実戦に復帰する女子モーグルの長野五輪金メダリスト、里谷多英(フジテレビ)を取材した時のこと。大会前、里谷本人と雑談しながら、「里谷不安!」の文字が躍った日刊スポーツ紙面の話しになった。 記者は怒られるのかなっと思っていたが、そ... [全文へ]
2008年2月 5日ハーツクライ2世誕生に…期待?
ポスト・サンデーサイレンスといわれるディープインパクトの産駒第一号が、1月9日に生まれた。競馬界の至宝の第一子とあって、大々的に新聞をにぎわせたが、記者が注目したのは、そのちょうど1週間後の16日、ハーツクライの産駒第一号がこの世に誕生したニュースだ。 2世のデビューは10年に実現する。今から対... [全文へ]
2008年1月23日北海道の冬に驚がく
死ぬ思いをした。いや、死ぬ寸前だった。今の大寒波が押し寄せる道内にあって、東京生まれの記者にとってはこの表現は決して大げさではありません。 全道高校スキー、レラカムイ北海道の取材のため、14日から旭川に滞在した。旭川を訪れたのは2度目。初訪問は11月だったためさほど寒さを感じなかったが、さすが日... [全文へ]
2008年1月10日地球にやさしい人間に
柄にもなく環境問題について考えた。正月休みを利用して、1年ぶりに実家に帰省した。千葉の実家のある駅には、07年8月につくばエクスプレスが開業したこともあり、大手ショッピングセンターが続々と建設され、街は一変していた。しかし、驚かされたのはその街の変わり様ではなく、街の汚さだ。 わが家には、かわい... [全文へ]
2007年12月28日あの“思い出”列車へ
思い出行きの列車に乗った。少し大げさな入りになったが、記者が子供のころ家族旅行に行った最後の場所、千葉の鴨川に取材に行った。確かあれは小学4年だっただろうか。 午前8時半に新千歳空港を出発し羽田空港から千葉へJRで移動。東京から特急列車は出ていたが、1時間に1本と少ないため時間が合わず、そこから... [全文へ]
2007年12月15日We were born to run
先月、悲しい知らせが実家から届いた。実家の裏に住むUさんの奥さんが亡くなった。葬式には行くことはできなかったが、憔悴(しょうすい)しきったUさんの姿は見ていられなかったと仲間から聞いた。 5つ年上のUさんは近所のヒーローだった。記者が小学校低学年のころから近所の子供たちを集めては野球やサッカー、... [全文へ]
2007年12月 2日あれ? 選手の姿が…
スピードスケートの取材を担当して2年目のシーズンを迎えたが、あれ? と思うことがあった。昨季、ようやく面識ができた何人かの選手の姿がみえない。どうしたのかなと思い同じ学校の選手に尋ねると「次が決まらなくて辞めました」の言葉が返ってきた。 現在、企業でスピードスケート部があるのは富士急、日本電産サ... [全文へ]
2007年11月19日雑草集団の奮起に期待
レラカムイ北海道がどん底を味わっている。首位のトヨタ戦から4連敗、2カード勝ち星から遠ざかっている。試合後のチームの雰囲気は最悪だが、個人的(担当記者だからかな?)にはまだ下を向く必要はないと思う。 これまでホーム戦の取材しかしていなかったが、16、17日のパナソニック戦で初のアウエー取材(大阪... [全文へ]
2007年11月 6日清水宏保の挑戦はまだまだ続く
日本のスピードスケート界を長くけん引している清水宏保(33=NEC)がどん底を味わっている。今季の開幕戦となる全日本距離別選手権(10月26日??28日)の500メートルで6位、1000メートルはケガで棄権し、15シーズンぶりにW杯出場権を逃した。トリノ五輪18位後、現役続行を決めた清水には「引退... [全文へ]
2007年10月24日最初は小さな種かも知れないが…
今年から新たに創設された日本バスケットボールリーグ(JBL)に新規参入したレラカムイ北海道が20、21の両日、札幌・月寒アルファコートドームでホーム開幕戦に臨み日立に2連勝した。2日間で8362人を動員。当初の予定を大幅に上回る多くのファンが、日本唯一のプロバスケットボールチームに大声援を送った。... [全文へ]
2007年10月11日北海道弁マスターはなまらむなしい!
現在、「北海道マスター」になるべく、勉強中…、というよりは、あるものにはまっているといった方がいいかもしれない。 きっかけは夜の街での微妙なトークのギャップからだ。ススキノでのトークはまだ分かる。これが地方に行くとそうはいかない。「あずましい」、「おだつ」、「なまら」、「もちょこい」、「手袋をは... [全文へ]
2007年9月28日悲しい“シェリー”との別れ
今週、悲しい別れをしなくてはならない。6年間の長きに渡って苦楽をともにした“シェリー”と別れることになった。 出会いは6年前。本命に振られた記者の目の前に突然現れたのがシェリーだった。ショーウインドー越しに見えた、小柄だがその気品高きブロンド美人にすぐさまフォーリンラブ。人を仲介し、ようやくパー... [全文へ]
2007年9月15日終わりの美学とは?
終わりの美学を追究することは難しい。 12日に安倍首相が突然の退陣を表明し世間を騒がせた。所信表明演説で政権に意欲を見せてからたった2日後だったことから世間からは無責任の声が飛んだ。個人的にも無責任な話とは思うが、本人ができないというなら仕方がない。首相就任前はおばさま方のアイドルともてはやされ... [全文へ]
2007年9月 2日ひとりぼっちじゃない
突然ですがみなさん友だちは何人いますか? 記者はいません。…いや、いないと思っていました。 8月26日、昨年10月に北海道に移ってきて初めて学生時代の仲間に合いました。なかなか時間の取れない記者の気を使い、競馬取材で長期滞在している函館に東京から旅行も兼ねて奥さんを連れて訪ねてきたのです。「元気... [全文へ]
2007年8月19日ファンあっての競馬開催ではないのか
今、何が問われているのか? 36年ぶりに馬インフルエンザの感染が発覚しながらも、16日に1度は開催実施を発表したJRAが一転、18、19日の中央競馬開催の中止を発表した。馬インフルエンザの影響で中止に追い込まれたのは71??72年以来、2度目のことだ。 当初は感染の拡大はないとし、実施を強行しよ... [全文へ]
2007年8月 5日花火大会を満喫!でも…
函館で毎年、恒例の港まつりが1日(5日まで)、華々しく開幕した。5日の最終日は、北海道シリーズの函館開催フィナーレを飾る函館2歳Sも行われるだけに1年で函館がもっとも熱く燃える時期といっても過言ではない。普段はまばらな函館の街もこの期間ばかりは、こんなに人がいたの? と思うほど街に人があふれかえり... [全文へ]
2007年7月22日忘れていた攻めの姿勢
JRAの人気ジョッキー6人が参戦したばんえい競馬のエキシビジョンレースを16日、帯広競馬場で取材した。 参加したのは藤田、安藤勝、横山典、四位、池添、勝浦の6人で合わせてG154勝を挙げる豪華な顔ぶれだったが、普段のレースとは違い初めて乗るばんばを前にジョッキーたちは大はしゃぎだった。まるで初め... [全文へ]
2007年7月 8日ジョッキーの心意気に
騎手の男気に心が震えた。16日に帯広競馬場で行われる十勝ばんえいナイター開催のエキシビションレースに中央競馬の人気騎手が参加するという話題が飛び込んできた。 参加するのは安藤勝、横山典、藤田、四位、池添、勝浦の6人。G1で計54勝したジョッキーでダービー、有馬記念に勝るとも劣らない豪華な顔ぶれと... [全文へ]
2007年6月25日町も人も元気になってほしい
6月10日から夏競馬の取材のため函館に出張している。8月5日の函館開催終了まで約2カ月間の長期出張だ。 夕刊紙記者時代を含めれば、これで7年連続の函館長期滞在となる。今年34歳を迎えるだけに社内ではどうも不評? だが、今年からコラム「万券王子」を持つことになりハニカミ、ハンカチ王子を越える笑顔を... [全文へ]
2007年6月12日2頭の雄姿に「ガンバレ、ニッポン」と叫んだ
国際舞台は愛国心を思い出させてくれる。記者は普段、それほど愛国心があるとは思っていなかったが、シンガポール航空国際Cで連覇に挑むコスモバルクの取材でシンガポールに行ったとき、胸の奥に眠っている愛国心を呼び覚まされた。 日本からはバルクの他に美浦のシャドウゲイト(加藤征)も挑戦した。気温30度以上... [全文へ]
2007年5月29日もう少し心に余裕を持とう
日本人よ、もう少し余裕を持とう??。シンガポール航空国際Cで連覇を狙う北の雄、コスモバルク(牡6、田部)の取材で16日から21日までシンガポールを訪れた。気温20度にも満たない札幌から突然、連日32度の酷暑の異国の地に赴き、体調は最悪だったが幸運にも日本馬シャドウゲイト(牡5、加藤征)、2着コスモ... [全文へ]
2007年5月16日大穴馬券 思わず言いたくなる負け惜しみ
競馬は本当に難しい! 中央競馬春のG1戦線に吹き荒れている嵐がまったく収まらない。 桜花賞こそ3番人気のダイワスカーレットが制し堅く収まったとはいえ、皐月賞で7番人気のヴィクトリーが勝ち、2着には15番人気のサンツェッペリンが入り3連単162万3250円。その後も、今月6日のNHKマイルCでは1... [全文へ]
2007年5月 2日それで何が変わったの?
変わるって難しい。4月27日、存続の危機にあったばんえい競馬が新生「十勝ばんえい」としてスタートした。4日間連続で入場者数が昨年を越え、総売り上げは目標額を上回る盛況ぶりだった。しかし、喜ぶ関係者の傍らで「何が変わったの?」と冷静に聞き返してきたオールドファンの言葉が頭から離れない。 新生ばんえ... [全文へ]
2007年4月18日誇らしかった祖父の姿
歓喜の渦のなかで自分自身の原風景をみた。道議選の登別市区でスピードスケートの五輪銅メダリストで自民党公認の堀井学氏が初当選を果たした。厳しいと言われた中での当選だっただけに、選挙事務所は歓声と涙で異様な雰囲気に包まれた。出馬表明から取材していただけに記者も胸が熱くなったが、胸にこだましたバンザイ三... [全文へ]
2007年4月 4日曽根田選手に「ありがとう」
トリノ五輪ノルディックスキー距離代表の曽根田千鶴選手(28=自衛隊)が3月いっぱいで現役を引退した。2月の世界選手権前は「W杯自己ベストの11位を更新するまでは辞めませんよ」と現役続行に意欲を見せていただけに、シーズン最終戦となった全日本スキー選手権(3月22??26日、音威子府)の取材で本人から... [全文へ]
2007年3月21日チームバルクの戦いに勇気をもらった
この時期になると自然と勇気がわいてくる。もちろん、感動のオンパレード!(ちょっと言い過ぎか?)、本格的な競馬シーズンが始まるからだ。 先週、スプリングS(G2、芝1800メートル、フライングアップルが優勝)が終わり、トライアルがすべて終了(毎日杯はトライアルではない)。あとは本番を待つばかりとな... [全文へ]
2007年3月 7日記者の楽しさを実感した世界ノルディック
世界はやっぱりすごい! 2月22日から今月4日まで札幌で行われたノルディックスキー世界選手権の距離の取材を担当した。スピードスケートやスノーボードでW杯取材の経験はあっても、世界選手権レベルの大規模な大会は初めてで、札幌ドームでの開会式では選手でもないのに武者震いさえ感じた。 距離女子の新旧女王... [全文へ]
2007年2月21日親から仔へ…競馬のロマン感じた
あらためて競馬のロマンを感じた。無敗の3冠馬、ディープインパクト(牡5歳)が14日、種牡馬になって初めてけい養先の社台スタリオン・ステーションでファンにお披露目された。一般に公開されるのは昨年の有馬記念以来とあって、全国各地からファン1200人が人口わずか9200人の安平町に押し寄せ、まさに「ディ... [全文へ]
2007年2月 7日完ぺきな「偽善者」を目指す
突然ですが記者のモットーは“偽善者であれ”である。それも中途半端なものではなく、完ぺきな偽善者である。いきなりおかしなことをいい始めましたが、そう思うようになったきっかけは高校1年のときに丸山真男が書いた「偽善のすすめ」に出会ってからだ。 そもそも、善行はなぜか後ろめたく恥ずかしく負い目を感じて... [全文へ]
2007年1月24日なぜ悲劇は繰り返されるのか
衝撃的なニュースだった。タレント風見しんごさんの10歳の長女が17日、家を出てすぐ交通事故に遭い、その短い生涯を閉じた。横断歩道の青信号を渡っていたことから長女には過失がなかった。家族の悲しみを思うと、胸が痛い。 記者にも悲しい思い出がある。大学3年のとき、友人の彼女が5歳の女の子を車でひき、死... [全文へ]
2007年1月 9日ライブが一番
正月休みに、千葉の実家に帰省した。昨秋、転居の知らせも満足にせず札幌に引っ越したため、親類や友人にあいさつすることが目的の1つにあった。しかし、一番の目的は6日の中央競馬金杯の観戦。願掛けではないが、今年1年を頑張れるよう、競馬場の“生”の雰囲気を味わいたかった。 「一年の計は『金杯』にあり」。... [全文へ]
2006年12月25日後悔はして欲しくない
最近、胸が、いや胸のずっと奥の方、心がズキズキと痛む。別に病気というわけではない。世間を騒がせている「いじめ問題」が原因だ。記者にとっていじめ、自殺…は人ごとではない。事件の記事を目にするたび、自分が背負う十字架の重さを痛感する。 中学時代、体の成長とともに心のバランスが崩れた。荒れた学校だった... [全文へ]
2006年12月10日寒い地での温かさにホロリ
寒い土地に来て、温かさを感じた。別に、謎掛けをしているわけではない。北海道に住んで、人の温かさに触れた。 10月1日付で編集部に配属された。東京での夕刊紙記者時代に夏の中央競馬で北海道取材を経験していたこともあって、北海道に住むのは、なんの抵抗もないはずだった。「うまいものを食べられていいな」と... [全文へ]