2007年11月 6日清水宏保の挑戦はまだまだ続く
日本のスピードスケート界を長くけん引している清水宏保(33=NEC)がどん底を味わっている。今季の開幕戦となる全日本距離別選手権(10月26日~28日)の500メートルで6位、1000メートルはケガで棄権し、15シーズンぶりにW杯出場権を逃した。トリノ五輪18位後、現役続行を決めた清水には「引退の時期を逃した」とする向きもある。結果だけをみればそうかもしれないが、むしろ記者は現役にこだわり続ける清水の今後にこそ注目している。
清水は記者のひとつ下でいわば同世代。五輪には94年リレハンメル大会で初出場し、98年長野で金メダル、02年ソルトレークシテイーでも銀メダルを獲得した。W杯では93年2月に初出場初優勝の快挙を達成してから世界歴代4位の35勝を挙げ、スケート界だけでなく記者たちの世代を引っ張ってきたアスリートだ。その清水が低迷を続ける昨季、W杯長野大会で10位に終わった直後「また下からはい上がるアスリートになりたい。悔しいけどこの悔しさを力に変えたい」と話した。
当時、会場にはぜんそくで苦しむ子供を招待していた。子供に「頑張ってください」と声をかけられると自身もぜんそくを患う清水は「勇気を与えるはずが逆にもらった。もっと頑張らなくちゃ」と前を向いた。トップに君臨していたときも吸引機を手放せないほどぜんそくはひどいという。清水にはまだ辞められない理由があるんだなとその姿を見て思った。
30歳を過ぎた記者たちの世代。清水ほどの輝かしい日々ではなかったにしろ、同じようにみなそれぞれが輝いていた。しかし、30歳を越え体力の衰えだけでなく社会での立場も微妙になり輝きは失いつつある。上を見てはきりがないがまだ下を向きたくはない。誰かのためになんて大義名分を掲げる気は毛頭なくても何かを残したいし、やっぱりこのままでは終われない。記者たちの世代は今、そんな歳を迎えている。同世代の頑張りがどれほど力になるか。
清水は今後、国内を転戦し再び世界を狙う。「2年後(10年バンクーバー五輪)を考えればこういう年があってもいい。しっかり体をケアしてまた上を目指したい」と静かだが確かな口調で言い切った。清水の挑戦はまた、多くの人に生きていく力を与えるはずだ。