2007年9月15日終わりの美学とは?
終わりの美学を追究することは難しい。
12日に安倍首相が突然の退陣を表明し世間を騒がせた。所信表明演説で政権に意欲を見せてからたった2日後だったことから世間からは無責任の声が飛んだ。個人的にも無責任な話とは思うが、本人ができないというなら仕方がない。首相就任前はおばさま方のアイドルともてはやされ、待望論まで出たことは過去に忘れ去られ、ただの格好悪い政治家として世間に永遠に認知されることになっただけだ。おばさま方は、記者会見の姿を見てさぞがっかりされたことでしょう。
去り際の美学でもっとも感動したのが、千代の富士だ。現役時代は歴代1位の1045勝を挙げ優勝は31回を数える大横綱だ。91年5月場所で貴花田(現貴乃花親方)に初日で敗れ引退を決めた。「体力の限界。気力もなくなり引退することになりました」と記者会見で涙を流しながら引退表明する大横綱の姿はすべてをやり遂げた男の顔だった。去り際を見極めた千代の富士は永遠に大横綱でいられることが決まった瞬間でもあった。
終わりの美学の本質は、起こした行動を完結させなければ成立しないと過去に三島由紀夫が言っていたような。千代の富士が大横綱と言われ続けるのは、横綱としての行動を完結させ次の若貴世代にしっかりと受け継いだことに他ならない。
安倍首相退陣の2日前、大リーグ、パイレーツを退団した桑田真澄投手が、現役続行を決断した。39歳で体はぼろぼろ。それでも、近日中にも右足首の手術をして再度、大リーグで夢を追うという。潔く去るのも美学ならやり続けることもまた美学。記者は何を隠そう無類の桑田信者だ。もちろん、PL学園時代からのファンで野球道を追求し続ける姿には感銘を受けてきた。桑田投手はこれからどんな生き様を見せるのか。ファンの1人として投手、桑田の完結までしっかりと見届けたい。