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北海道発・記者ブログ

2007年9月 2日ひとりぼっちじゃない

 突然ですがみなさん友だちは何人いますか? 記者はいません。…いや、いないと思っていました。

 8月26日、昨年10月に北海道に移ってきて初めて学生時代の仲間に合いました。なかなか時間の取れない記者の気を使い、競馬取材で長期滞在している函館に東京から旅行も兼ねて奥さんを連れて訪ねてきたのです。「元気でやってんのか? みんな心配しているぜ」。

 友だちは高校時代の同級生。教室の窓から東京タワーが目の前に見える学校で3年間をともに過ごしました。当時5、6人のメンバーでつるんでいた記者たちは、学校が私服だったため、時には学校を抜け出し街に出ては朝まで騒いだものでした。「友だちといると何でもできる」といつも力をもらっていました。

 いいことも悪いこともいつも一緒だった友だちですが、卒業と同時に大学に行くもの就職するものとさまざまでほとんど会わなくなりした。新聞記者になってからは1年に1回会えばいい方で、日々に忙殺され、友だちの存在をいつしか忘れてしまっていました。北海道に転勤が決まってもろくに報告もせずに来てしまっただけに、さらに友だちとの距離は離れてしまったと思っていました。

 酒のあまり飲めない友だちがトイレに立つと奥さんが話し始めました。「黙って行ったことみんな怒ってたよ。でも、みんな最近は日刊スポーツ読者だよ。この前、集まったときもマッチャン(記者の学生時代のあだ名)の書いた記事が見つけられないって騒いでたんだから」(普段は北海道面の記事を書いているため東京版にはなかなか載らないことを友だちは知りません)。「けっこう、みんな気にしてくれてたんだ」とびっくりもしたし、うれしかった。

 ほとんど人に言わなかったとはいえ、目に涙をいっぱいにためた60歳を迎えた母に見送られ家を出た北海道にたつその日。羽田空港の出発ロビーで1人でいるとさすがに寂しさに押しつぶされそうになったものです。「映画やドラマだったら仲間や彼女が見送りにくるもんなのにな」なんて思いながら、薄情なやつらだと吐き捨て飛行機に乗り込んだのはつい1年前のこと。

 結局、友だちはその後は世間話以外は何もせずに帰っていきましたが、帰り際、東京土産に渡された「東京バナナ」と一緒に高校時代みんなで良くカラオケで歌った尾崎豊のCDが入っていました。「くさいな」と思いながらもそんなことをしてくれる友だちを笑うほど、まだ心が擦れてはいないようで…。早速、知り合いにipodに落としてもらい久々に聴いてみた。当たり前だがあのころと変わらず叫ぶように歌う歌詞は刺激的だった。「みんな死にものぐるいでこの橋を渡った」(DRIVING ALL NIGHT)。そう、一緒に走り続けた仲間はいまでも変わらずそこにいてくれる。ちょっとくすぐったいうれしさに包まれ、頑張る勇気がわいてきました。

 思えば、北海道にきてしばらくしてから苫小牧に住む大学時代の友人から「新聞読んだよ。頑張ってるね」って電話がきたっけ。「オレ、けっこう友だちいるじゃん」。また勇気がわいてきた。

 今、1人ぼっちを感じている人がいたらぜひ、勇気を出して友人のだれかに電話なりメールをしてみてください。きっとあのころのまま勇気と頑張る元気をくれるはずだから。

松末 守司(まつすえ しゅうじ)

 東京都出身。06年北海道本社入社。主に夏は中央競馬、冬は一般スポーツを担当。前職の東京での夕刊紙記者時代は、中央競馬を6年間担当し10週連続で万馬券的中を記録した。1973年7月生まれ。

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