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北海道発・記者ブログ

2007年2月 7日完ぺきな「偽善者」を目指す

 突然ですが記者のモットーは“偽善者であれ”である。それも中途半端なものではなく、完ぺきな偽善者である。いきなりおかしなことをいい始めましたが、そう思うようになったきっかけは高校1年のときに丸山真男が書いた「偽善のすすめ」に出会ってからだ。

 そもそも、善行はなぜか後ろめたく恥ずかしく負い目を感じてしまうもの。たとえば、電車の中で人に席を譲ったとき、困っている人に手をさしのべたりしたとき自分の中で、「おっ、いい事したから今日は何かいいことあるかも」と考えたりしてつい見返りを求めてしまう。心の中では「いい人ぶりやがって」なんて悪態をつくもう1人の自分がいたりもする。感覚的には自分で働いて稼いだお金なのにもらうときには、「すいません」何て申し訳なさそうにもらうのと似ている感覚です(ちょっと違うかな?)。その本に出会うまでは善行なんて結局は自分勝手な満足感や欺瞞(ぎまん)でしかないと感じていました。

 しかし、「偽善の-」では偽善とは、善の規範意識がないと成立しない発想だと言っている。偽善と善は表裏一体なのでは? ならば、偽善をとことんまで突き通し、それこそ死ぬまで突き通せば偽善は善そのものに変わる。解釈は間違っているのかもしれませんが、そこからすごく気持ちが楽になりました。

 宗教じみてきましたが、別にいい子ぶるつもりはありません。ただ、自分が死んだときくらい「いい人を亡くして」なんて言われたいじゃありませんか? つい先日、東京出張に行ったときに電車のホームの階段で重い荷物を持ったおばあさんの荷物を持ってあげると、またしても、「これで今日の取材はうまくいくかな」なんて心の中で見返りを求めましたが、気にすることはない。記者はただの偽善者ですから。負い目を感じても何でもこれからも完ぺきな偽善者を目指して日々を過ごしていきたい。

松末 守司(まつすえ しゅうじ)

 東京都出身。06年北海道本社入社。主に夏は中央競馬、冬は一般スポーツを担当。前職の東京での夕刊紙記者時代は、中央競馬を6年間担当し10週連続で万馬券的中を記録した。1973年7月生まれ。

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