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北海道発・記者ブログ

2008年2月11日長野五輪の栄光から10年…

 今年は長野五輪から節目の10年らしい。ジャンプ団体の日本チーム、スピードスケート男子500メートルの清水宏保、フリースタイル・モーグルの里谷多英らの金メダルなど、数々の感動的なシーンが思い出されるが、個人的にはそんなに年月が経過したのか、というのが率直な感想だ。

 というのも、長野五輪以降、ソルトレークシティー、トリノの冬季五輪2大会を取材したが、ずっと長野の栄光を追い続けているような気がするからだ。長野五輪の日本人選手の活躍を基準に考えるから、結果が出ないとすぐに「低迷」とか「惨敗」という見出しの躍る紙面になってしまう。

 ただ、冬季五輪の歴史を振り返ると、68年グルノーブル大会までの10大会で日本人メダリストは、56年コルティナ・ダンペッツォ大会アルペン男子回転の猪谷千春ただ1人。金メダルは72年札幌五輪ジャンプ70メートルの笠谷幸生まで待たなければならなかった。日本人が活躍し始めたのは、7つのメダルを獲得した92年アルベールビル大会からだ。

 先日、ジャンプの原田雅彦さんに取材する機会があったが、こんなことを言っていた。「どの国も1度落ち込んでからまたよくなるには10年かかるんですよ」。確かにジャンプでは92年にリレハンメルで五輪を開催したノルウェーは、長野、ソルトレークシティーの2大会でメダルなし。3種目すべてでメダルを獲得した06年のトリノ大会まで14年かかっている。

 環境の恵まれた欧州の強国でさえ、それだけの時間を要しているのだから、日本は言わずもがなである。しかし、各競技で若い芽は確実に育っている。2年後に迫ったバンクーバー大会ですぐに結果が出るかどうかは分からないが、長野の主役たちから確実にバトンは渡されているはず。悲観する必要はない。区切りの10年を迎えた今年。やる側の選手も見る側の我々も、長野の呪縛(じゅばく)からそろそろ解放される時期にきている。

小林 明央(こばやし あきお)

 北海道旭川市出身。92年北海道本社入社。主にサッカー、冬季スポーツを担当。五輪は02年ソルトレークシティーと06年トリノを現地で取材。2大会連続で五輪に行きながら、1度も日本人のメダル獲得を見ていない、日刊スポーツでも唯一の記者。1969年2月生まれ。

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