2007年9月 8日肩透かしを食らった世界陸上大阪大会
何度ため息をついたことだろうか。世界陸上大阪大会が今ひとつ盛り上がりに欠けたまま終わった。ガックリしたというより、あれっという肩透かしにも似た感覚だ。原因は日本勢の惨敗ではない(そもそも惨敗という言い方が正しいとは思えないが…)。日本陸上競技連盟は大会前にメダル5個を設定していたが、これはあくまでも期待値。いくら地元開催でも次から次とメダルを獲得できるほど甘いものではない。これも日本の実力だった。
ではなぜ肩透かしを食らったかというと、まんまとテレビの“あおり”にのせられたからに違いない。今大会は民放局が独占放送していたが、「○○選手、メダル獲得へ予選にいよいよ登場」なんていうテロップが流され、競技開始1時間前からあおられたら、その時点でもうメダルとった気分にさせられる。それでふたを開けてみると、決勝にさえ進出できずに敗退。そのギャップに気付き、テレビに惑わされた自分に嫌悪感を覚えてため息をついてしまうのだ。
さらにキャスターに起用された俳優がつらさを増幅させてくれる。「最高でした」「いいレース見せてもらいました」みたいな寒々しい健闘トークを聞くに至っては、逆に選手の頑張りがかすんでしまう。そういうトークがなくてもテレビに映し出される喜び、悔しさ、悲しみなどで選手の心情が伝わってくるはず。専門家でもない俳優の個人的感想はそれほど重要ではないと思う。
実は記者もテレビと同じように必要以上に期待感を持たせる記事を何度となく書いてきた。五輪やW杯などの世界大会で、これから試合を控える日本代表の選手たちに「負けるかもしれない」と書くよりは「勝つかもしれない」と書くのが普通。どんなに相手が強かろうが、少しでも勝機を見いだす記事にするケースがほとんだ。大事なのは限度を超えてあおること。そうすれば読者や視聴者に見透かされてしまうだろう。スポーツ報道に携わる身として自戒を込め、今後も取材していきたい。