2007年2月13日伊藤会長のスキーへの愛情
ノルディックスキー世界選手権の開幕がいよいよ近づいてきた。1924年フランス・シャモニーで第1回大会が開催され、今回で47回目。歴史も権威も五輪と並ぶスキーの祭典だ。実は札幌開催にこぎつけるまでは苦難の道のりだった。
91年、93年、01年大会を誘致したが3連敗。欧州を中心に回っているスキー界にとって、時差のある日本で開催するメリットは少なかったからだ。それを国際スキー連盟の各理事に認めさせたのも、全日本スキー連盟の伊藤義郎会長の努力があったからだ。
伊藤会長は御年80歳。札幌に本社を置く伊藤組土建の会長で札幌証取理事長、札幌商工会議所会頭など多くの要職を兼任していた北海道経済界の重鎮でもある。その傍ら、スキー競技の発展に対し、人一倍情熱を傾けてきた。
特にジャンプには熱心で、大会会場でその姿をよくお見掛けする。驚くのはその行動力だ。名寄の大会では、丘珠空港からなんと自家用ジェット機を飛ばして、会場入り。選手の動きを観察して、すぐに札幌にとんぼ返りした。
昨年のトリノ五輪直前にはこんなこともあった。東京都内で開催される日本代表選手の壮行会と札幌でのジャンプ大会が重なっていた。その壮行会で旗手代行として指名を受けていたのが岡部選手。しかし、岡部選手は大会にもエントリーしていた。そこで伊藤会長は大会終了後、すぐに岡部を乗せて自家用ジェット機で東京へ一っ飛び。夕方からの壮行会に間に合わせてしまったのだ。
かわいさ余って憎さ100倍なのか、ときには物議を醸し出す発言も多い。トリノ五輪時は低迷するジャンプ陣に対し「こういう状態で五輪に出す必要はないんじゃないかと思う」と派遣見送りも示唆。今回の世界選手権も日本選手の不調に「誰を選ぶにしても特訓を要する。あと1カ月あるから今から特訓してという感じになる」と代表発表を延期させた。
こうしたエピソードは枚挙にいとまがないが、スキーへの愛情の裏返しでもあることは間違いない。確かに長野五輪前後のピーク時と違い、日本勢が下降線をたどっている時期での世界選手権とタイミングは悪い。それでも伊藤会長にとって世界選手権の開催は喜びもひとしおだろう。記者も2度、世界選手権を取材したが、選手の本気度は五輪と同じ。日本勢の活躍はもちろん期待するが、それに加え純粋にトップアスリートの戦いを楽しみたい。