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北海道発・記者ブログ

2007年5月22日野球の神様はいた

 頑張っている姿は、野球の神様が必ず見ていてくれる-ちょっとクサいけれど最近、続けてそんな思いをした。それも同じ日、同じ球場でだった。

 春季北海道高校野球札幌地区予選。場所は千歳市民球場だ。14年間、40試合にわたり公式戦で負け続けていた当別が札幌稲西に5-3で勝ち、41連敗を阻止するとともに15年ぶりの白星を手にした。

 札幌地区では唯一の郡部校。女子のソフトボール部は全国大会に何度も出ている強豪だが、野球部は長いこと「弱小校」の域を脱せなかった。だが、彼らの先輩たちが毎年積み重ねてきた思いの重さは、私には分かっていた。

 最後の夏、また1勝も挙げられずにチームを去る3年生たちが、控室で3年間の思い出と後輩に託す言葉を延々と続ける姿を、過去何度も見ていた。皆、泣いていた。涙を流せるだけの大切な思い出を彼らがつくってきた証拠だった。

 そんなチームが長い長いトンネルを抜けた。「勝った瞬間はどんなに喜んだだろう」と思われる方が多いと思うが、期待外れと言えるほど「普通」だった。彼らは笑顔を浮かべながらも淡々と荷物を片付けベンチを出た。「喜び方を知らないのかも」。主将はそう言って苦笑した。

 この春に就任したばかりの新監督は「彼らの一生懸命さに打たれる。今日の勝利は野球の神様が見ていてくれたのだと思う」と、新しい「息子」たちを褒めたたえた。
     
 同じ日、札幌清田が延長13回の死闘の末、札幌北陵に勝った。試合後のコメントを監督に求めたら、涙で声が震えていた。チームはそれまで6季連続で初戦敗退。それを止めたのは1年間の雌伏に耐えたエースだった。

 1年前の春休みに右ひざの前十字じん帯を切断。その後の手術、そしてリハビリを経て、その日が公式戦の復活登板だった。1年の秋に背番号10を獲得した彼は、投げられない1年間の間に何度も悔しい思いをしたという。「先輩の悔しい場面も見てきた。自分が投げられれば…と何度も思った」。その思いをこの日の155球にぶつけた。

 泣いた監督は、くしくも「野球の神様が見ていた」と言った。同じ言葉を1日に2度も聞いた、貴重な日だった。

本郷 昌幸(ほんごう まさゆき)

 北海道苫小牧市出身。76年北海道本社入社。東京支社編集整理、北海道本社取材記者をはじめ、販売部、営業部(現広告部)も経験。編集部では一般スポーツ中心にレジャー、事件・事故など社会ものまで幅広く取材。北大時代は将棋部に所属、北海道学生名人になったこともある。現在は酒とラーメンが趣味。1953年2月生まれ。

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