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北海道発・記者ブログ

2007年2月14日指導者でチームの将来が決まる

 春の高校バレー南北海道予選で、女子の虻田の活躍は素晴らしかった。2回戦ではバレー協会推薦で出場している札幌山の手をフルセットの末に下し、準決勝では今年度の春高コーチングキャラバン(元全日本選手や実績のある監督が全国各地の高校バレーボール部に定期的に赴き熱血指導する)の対象校である札幌北斗も一蹴(いっしゅう)。途中で負傷者も出しながら王者・札幌大谷に立ち向かったが、健闘及ばず準優勝に終わった。

 中学時代に北海道選抜に選ばれたような選手は1人もいない。リベロを除いたレギュラーの平均身長も162・8センチと低い(裏エースはわずか155センチだ)。それでも彼女たちは根気よく球を拾い、粘って反撃につなげた。札幌大谷との9センチ近い身長差を考えると「上出来」(八田正人監督)という表現が一番だろう。

 一方、今では中学の優秀な人材が毎年定期的に入ってくるようになった札幌大谷にも似たような時代があった。春高全国大会に初出場した99年のチームは平均162センチ。小型チームが守りを固め、平均169センチの登別大谷を破った。弱小校だった時代、掛屋忠義監督は、石狩や神恵内の中学校と真剣に練習試合を重ねた。そこで作られたパイプで選手が入ってくるようになった。

 どんな強いチームもスタートは弱かったはず。その時代に熱心な指導者に恵まれるかどうかでチームの将来が決まる。高校野球の駒大苫小牧も、香田誉士史監督が就任した95年当時は、地区予選での敗退が続いていた。今春のセンバツ甲子園に初出場する旭川南は、小池啓之監督が就任した6年前は「声が全く出なくてお通夜かと思った」というチームだった。

 今回、昨年の春高全国大会を不祥事のため出場辞退したとわの森三愛が、1年間の臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を経て見事に復活した。事件を起こした当人でないのに、残る選手たちまで同じ目で見られ、つらかった1年間だったろう。「今の子たちは本当にバレーが好きで、ひたむきに努力してきた子ら。昨年の無念を何とか晴らしてやりたかった」と山田和弘監督は声を詰まらせた。選手のために泣いてくれる指導者に恵まれたとわの森。選手たちの奮起は当然のことだったのかもしれない。

本郷 昌幸(ほんごう まさゆき)

 北海道苫小牧市出身。76年北海道本社入社。東京支社編集整理、北海道本社取材記者をはじめ、販売部、営業部(現広告部)も経験。編集部では一般スポーツ中心にレジャー、事件・事故など社会ものまで幅広く取材。北大時代は将棋部に所属、北海道学生名人になったこともある。現在は酒とラーメンが趣味。1953年2月生まれ。

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