2007年1月17日コンサの1面を作りたい
日本ハム八木投手の結婚を報じた1月14日付の本紙1面はご覧になっていただけましたか? 07年になって北海道本社が単独制作した日刊スポーツの1面は、元日付のダルビッシュ投手、5日付の同じく八木投手と合わせて、プロ野球日本ハム関連で3度です。
昨年を振り返ってみましょう。皆さんは06年の日刊スポーツ北海道版1面を飾った道産子チーム(個人)の回数、想像できますか? 駒大苫小牧高野球部が“2・9連覇”といっていい夏の甲子園準優勝、日本ハムが日本一と、野球には明るい話題が多かった年でした。日本ハム69回、駒苫19回という数字がそれを物語っています。
ところが…サッカーJ2のコンサドーレ札幌は、なんとたったの3回なんです。しかも、そのうち2回は4強進出した年末の天皇杯でのもの。単純な回数で言えば、トリノ五輪出場、失格と3日連続だったスキー・ジャンプの原田雅彦氏(3回)と同じ。この数字が、僕の心には引っ掛かっているのです。

コンサのリーグ戦期間中唯一の1面は、J2開幕戦翌日だった3月5日付「札幌 昇格確実」(写真)。新加入したフッキのゴールで、5年ぶりとなる開幕勝利を報じました。この日、東京本社版の1面(つまり、コンサの対抗馬)はWBC1次リーグ台湾戦に快勝した王ジャパン。地域性を加味すれば、どちらでも1面でいけるネタです。デスクとの打ち合わせで、僕はコンサを強く推し、譲りませんでした。
フッキの活躍はもちろんでしたが、それ以上の理由があったからです。「もしかしたら、このシーズンは今日しか1面のチャンスがないかもしれない…」。霊感や超能力はまるでありませんが、なぜかその時そんな予感がしたのです。J1昇格を懸けたリーグ戦に限って言えば、残念ながら悪い予感は的中してしまいました。
今季5年目のJ2を迎えることになったコンサですが、実は僕の中では日本ハム以上に思い入れのあるチームです。理由は単純。北海道初のプロチームだからです。観客として初観戦した時の札幌厚別公園競技場の一体感、JFLからJリーグ(当時)昇格時の北海道の盛り上がり…。「これがプロスポーツのある暮らしか」と感じた幸福感が忘れられないのです。もしコンサが北海道にできていなかったら…きっと札幌ドームも、W杯開催も、そして日本ハム移転もなかったんじゃないか、と今でも思っています。
日々紙面を作っていると、たまに取材対象に対してキツいかなぁと思う見出しを付けることがあります。ただそれは、好き嫌いは別にして“読者として”の思い入れや期待があるからこそ付けられるものなのです。振り返ると、06年のコンサにはこれといった厳しいものをつけた記憶がありません。「辛口見出しを付けられなかった」。それが心に引っ掛かっているのです。寂しいなぁ…。
日本ハムがそうだったように、強ければメディアでの露出は増えるのがプロ。でも、たとえ成績が良くなくても、露出が増える方策はないかと考えることもプロには必要なことではないでしょうか? 「クラブの広報の中には、お決まりのプレスリリースをファクスするのが仕事だと思っているような人もいる。でもさ、おれたちには1日に何百通ものリリースが届く。見た瞬間に取捨選択され、捨てられるものがほとんどだよ」。J1でも強豪といわれる某クラブの担当記者と飲んでいるときの会話です。
注目されてこそプロ。日本ハム日本一の立役者の1人、新庄氏はマスコミの使い方を知っていた選手でした。今季から指揮を執る三浦監督は「メディアへの露出増」に積極的だとのことです。クラブスタッフにも選手にも「どうしたらマスコミが取り上げるのか、その先にいる多くの未来のサポーターに届くのか」をもっと考えて欲しい。そしてどんどんマスコミを利用して欲しいのです。
07年はコンサがプロチームの先輩として、少しでも日本ハムを「食って」欲しいと願っています。
※最後におまけを。前述のほか、道内関係で06年の日刊スポーツ1面を飾ったのは以下の皆さんです。里谷多英、及川佑、岡崎朋美、皆川賢太郎(以上1回)コスモバルク(2回=予想紙面を含む)高校野球・白樺学園(2回)同・旭川南(1回)。