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北海道発・記者ブログ

2007年4月19日認められたロック

 最近の子どもがうらやましくなる。なんでって? 唐突ですが、それはライジング・サン・ロックフェスティバルinエゾ(RSR)があるから。

 99年から始まり、今年で9年目。もう北海道の8月の風物詩、って言ってもいい。今年も最前線で活躍中の20代の若手から還暦を過ぎたベテランまで、80組前後のアーティストが出演する予定だという。10代のうちから身近にこんなイベントがあるなんて、不惑を過ぎた自分たち世代には、とても信じられないし、と~っても、うらやましいのだ。

 私たちの世代にとってロックはレコードで聞くもの、雑誌で読むものだった。好きなバンドのレコード(CDじゃないよ!)さえ、お金が足りなくて友人と買う作品を分担したものだ。ライブなんて、もっと敷居が高かった。特に地方に住んでいると。

 小遣い数カ月分を握り締めてスライダースのライブを見に旭川(鈍行列車で1時間!)まで行ったら、蘭丸が腹痛で中止(意味不明な方ゴメンナサイ)。そんな、泣くに泣けないこともあった。ロッカーズだって、ルースターズだって、ロケッツだって見たかった。ARBと尾崎豊は、ものすごく見てみたかった。けど、かなわなかった。

 RSRを立ち上げたウエスの山本プロデューサーも、ロック小僧だったそうだ。年は1つ上、ほとんど同世代。山本さんの欧米のロックフェスへのあこがれが、RSRという形になった。たった1人、されど1人のロック小僧の情熱が、宝物のようなイベントを生み出した。現役のロック小僧には、感謝してもらいたいものだ。別にわたしが何をしたでもなく、山本さんがコツコツ育てた「宝物」ですが。

 ただ、年を重ねてうれしいのは不良の音楽といわれたロックが、純粋に1つのジャンルとして、当たり前になったこと。わたしも娘とアブリル・ラビーンのライブを見るとは思ってなかった。時代は変わった-。喜ぶべきことなのだろう。ニッカンでも、どんどん良質のロックを紹介していければなあ。この原稿を書きながら、そんなことを考えている。

阿部 政信(あべ まさのぶ)

 北海道剣淵町出身。89年北海道本社に入社。90年から一般スポーツを担当。96~97年にコンサドーレ札幌の誕生、1度目のJリーグ(当時)昇格を見届ける。冬季五輪は94年リレハンメル、98年長野と2大会連続スキー担当。98年にデスクとなり、販売部(04~06年)を経て06年デスク復帰。1967年2月生まれ。

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