このページの先頭

北海道発・記者ブログ

2007年3月22日あるテニス選手とともに

 記者になってよかったな、って思うのは、たくさんの宝物ができたこと。1番は、もちろん、さまざまな人と出会えたことで、これは記者ならだれでも同じでしょう。

 宝物とまではいきませんが、愛着があって捨てられないものも多いです。苦楽をともにしてきた筆箱(死語?)とか…。その1つに、わたしは1冊のノートがあります。取材用ではありません。新聞記事を張り付けたスクラップブックの代用品。あるテニス選手専用のものです。

 1ページ目は85年7月。その選手は小学3年生でした。6年生相手に奮闘する記事は、先輩記者の手によるもの。身長153センチ、体重27キロ。ラケットが、大きく見えます。

 わたしの署名入りの記事は91年8月が最初。中学3年生。身長173センチ、体重62キロ。今ではちょっと、読むのが恥ずかしい、下手くそな記事です。

 以後、98年まで、その選手の記事のほとんどを書きました。98年4月で現場を離れてデスクになりましたから、記者の時期のほとんどで、その選手を担当していたことになります。

 デスクになってからは、後輩記者がよくノートを借りにきました。取材前に、わたしの机から持ち出す、ちゃっかり者もいました。

 ノートに張り付けられた記事と記事の間に、その選手のサインがあります。日付は「98・9・27」。持ち出した記者が、頭をかきながら報告してきたことを思い出します。「取材している時に落っことして見られてしまって…。そしたら感激してくれてサインしたい、って」。記者が取材対象者にサインをもらうことは、ありません。読者へのプレゼント用ならともかく、ファンじゃないんですから。でも、先方が自主的に書いてくれたんだから…。「バカ、恥ずかしいだろ」と言いながら、ちょっとうれしかった。記念になるな、って。

 それから10年近くたちました。今も、その選手は日本の第一人者として活躍しています。9月20日に31歳になる鈴木貴男選手。最新のデータでは、身長174センチ、体重72キロ。18歳でデ杯(テニスの国別対抗戦)代表となった彼は、今も、その地位にあります。11日には全日本室内(チャレンジャー)で5年ぶりに優勝。ツアー制覇は、04年のブラジルでのチャレンジャー以来でした。

 彼には迷惑かもしれませんが、わたしには記者としての「存在証明」のような取材対象者。プロ選手ですから、いつかは「引退」という時期がくるのでしょうが、最も聞きたくない1人です。

 ~おまけ~
 ◆テニス男子プロツアー グランドスラム、マスターズシリーズ、グランプリ、チャレンジャー、フューチャーズ、サテライトに分かれる。出場選手のランキングはグランドスラムが110位、マスターズシリーズが50位、グランプリが120位、チャレンジャーが280位程度。それ以下の選手はフューチャーズ。

阿部 政信(あべ まさのぶ)

 北海道剣淵町出身。89年北海道本社に入社。90年から一般スポーツを担当。96~97年にコンサドーレ札幌の誕生、1度目のJリーグ(当時)昇格を見届ける。冬季五輪は94年リレハンメル、98年長野と2大会連続スキー担当。98年にデスクとなり、販売部(04~06年)を経て06年デスク復帰。1967年2月生まれ。

このページの先頭へ