2006年12月11日目標を失った子に大人がすべきこと
新聞記者をやっていると、せっかく取材しても書けないことがある。オフレコと断った上での発言だったり、面白いけれど原稿のテーマから逸脱した内容だったり…、理由もいろいろある。けれど、本当は書きたいのに新聞では書けないこともある。
11月にあった「いじめ動画のネット流出」がそうだった。
マスコミがこぞって大きく取り上げたので、ご記憶の人も多いはず。札幌市内の道立高で、いじめの場面を撮影した動画が「2ちゃんねる」に張り付けられ、学校に抗議電話が殺到した、あの一件だ。
7月からネット上に流出していたことを知りながら、学校側は削除依頼などの対応を怠っていた、というのがマスコミの論調。わたしも、悪意のある、または愉快犯のデータ取り込み→別サイトでの動画アップ、というネット上での連鎖の恐怖をテーマに書いた。でも、本当に書きたかったのは別のことだった。
舞台となった高校は生徒の学力水準が高くない学校だった。誤解を恐れずに言えば、勉強ができない子が多い。かけ算の九九ができない、そんな生徒もいる。取材時、学校関係者に聞いてみた。「目標を失っている生徒さんが多いんじゃないですか」。答えは、小さなうなずきだった。
私事だが、40歳になった。大人になれば分かる。学校の成績が、必ずしも将来に直結しないこと。勉強ができる、できないと、幸せに生きる、ということは別の話ということ。だけど、多感な10代の子に、しかも「劣等生」とレッテルを貼られた子には、分からないことも理解できる。
だから、大人が教えなければならないと思う。それが、親なのか、教師なのか、どの“大人”がやるべきかは分からない。でも、どの“大人”でもいいと思う。「学力とは別の物差しがある」。目標を失った子に、大人がそれを教えてあげたい。
わたしにその大切さを教えてくれたのは、ある高校ラグビー部の監督さんだった。私立、当時は花園常連校だった。だが、入学時に有望な部員を集めて強化していたのではない。「どうして強いんですか」というわたしの問いに、監督さんは言った。
「公立校の受験に失敗して不本意ながら通っている子、ほかの部活動で練習についていけず退部した子。そんな目標を失っている子に、もう1度、目標を持ってもらいたい。そう思ってやってきただけで…」。
立派な体格なのにブラブラしている生徒、小柄なためスポーツをあきらめていた生徒が、監督の熱心な勧誘に心を動かされ入部してきた。目標を持って努力すれば自分の力が伸びることを、ラグビーで学んだ。勉強で味わえなかった達成感を、ラグビーで味わった。
もちろん、ラグビーじゃなくていい。スポーツじゃなくていい。ただ、目標を失っている子に、寄り添う大人がいてほしい。