2007年03月25日
ロマコメ女王キャメロンさすが
「ホリデイ」(米)
好調な日本映画といえども、ハリウッドにかなわないジャンルがあります。それは、ロマンチック・コメディー(以下ロマコメ)。ドタバタ劇を展開しながら、都合よくハッピーエンドを迎える恋愛映画の王道です。
ここ数年、日本も恋愛映画のヒット作がいくつかありました。「世界の…」「いま…」など。ところが重くてつらい「死」という結末が用意され、涙、涙で締めくくるものばかり。気軽に楽しめるロマコメは日本映画界はどうも苦手なようで、フジテレビのドラマ「月9(ゲツク)」あたりに任せきりなのでしょうか。
本作ではハリウッドのロマコメを支えるエース級の女優が抜群の安定感を見せます。携帯のCMでヒップをくねらせて歩く姿が印象的なキャメロン・ディアスです。ジュリア・ロバーツ、メグ・ライアンと並ぶ「ロマコメ3本柱」。「ブリジット・ジョーンズの日記」のレニー・ゼルヴィガーに猛追されていますが、年齢を重ねた2人と比べれば今やエース格と言ってもいいでしょう。
今回は古風な二枚目の代表格ジュード・ロウがお相手。出会って2分でキス。ユーモアあふれる丁々発止のやりとりを交えながら勢いでベッドイン。ほかの女優がやるとわざとらしく映る喜怒哀楽のオーバーアクションや、まくし立てるようなハイテンション演技も、愛嬌(あいきょう)で「愛くるしくて何だかおかしい」という領域にしてしまう。
顔のパーツは大作り。完ぺきな美人顔ではありませんが、めまぐるしく変わる表情に引き付けられます。セクシーだけどいやらしくない。ズッコケるけど、かっこ悪くない。絶妙なバランスの保ち方、つかみどころのない魅力がある限り、しばらくこの人の時代は続きそうです。日本にも早こういう女優さんが出てこない限り、なかなかロマコメ映画は難しそうですね。【松田秀彦】
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2007年03月18日
鶴瓶似独裁者の二面性くっきり
「ラストキング・オブ・スコットランド」(米英)
「リング」「呪怨」の一瀬隆重プロデューサーから、怖さについて教わったことがある。「本当に怖いのは異物が向こうからそっとやってきて、日常生活にそっと入り込む瞬間なんです」。ジャンルは違うがまさにこの怖さがある。迫りくる緊迫感や恐怖感は、ホラー並みの重厚なサスペンス映画だ。
「人食い大統領」と呼ばれたウガンダの独裁者、アミン大統領政権時代の内幕にフィクションを加えて描いた。アミンの側近といわれたスコットランド青年医師の視点で進行する。遠い国からやってきた青年医師はアミンにひかれるが、その後疑念を抱き、そして命の危険におびえていく。第3者の視点だからこそ恐怖感がリアルだ。
大量虐殺など残虐なシーンは意外と少ない。それよりもアミンの2つの顔を深く掘り下げている。人を引きつけてやまないカリスマ性に、はつらつとして時にはチャーミングなキャラクター。そして、疑わしき者は抹殺する残忍さと夫人でさえも虐待の末に手を下す冷酷さだ。アミンの人間性を徹底的に克明に描くことでより恐怖を浮き彫りにしている。
映画の成功を決定付けたのは、アミン役にフォレスト・ウィテカーを起用したことだろう。迫力ある演説で人民を熱狂させる姿。殺されかけたと思い込み1人錯乱する姿。表と裏、どちらも圧倒的なスケールを感じさせる。悪役にもかかわらず、今年のアカデミー主演男優賞を受賞した高評価は納得がいく。どことなく笑福亭鶴瓶に似た柔和な笑顔も引き付けるものがある。
撮影は虐殺や内戦で荒廃したウガンダで行われた。襲撃シーンでは手ぶれ映像が続くなど、終始生々しさが漂う。現実味も人間味もあふれるサスペンスは、後味も強く、苦く残った。【近藤由美子】
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2007年03月11日
オレ様エースの心を受け止めろ
「バッテリー」(日)
今や小学生たちの会話でも「おまえ、もっと空気を読めよ」という言葉が飛び交うという。子供たちも大変だ。大人になれば、嫌と言うほどそんな局面を味わわされるのに。「空気を読めない」子供がイジメの標的になることもあるという。
主人公は中学1年生。大人も驚がくする球威を持つ天才投手だ。ところがこの少年の性格もなかなかすごい。野球部に入部してすぐ、監督に丸刈りを命じられる。先輩部員も皆丸刈りだから、当然なのだろう。少年は言い放つ。「そうしたら球が速くなるんですか?」。その揚げ句監督を「オレの球が打てるのかよ」と挑発する。「空気を読む」ことと無縁な自信家で、かなりの「オレ様」なのだ。
原作は小中学生から圧倒的な支持を得ているという。コミュニケーション能力が足らず、傷つき孤独も味わうが、ひたすら自分を押し出し続ける。「空気を読む」能力まで必要とされ始めた子供たちに、自分を貫く主人公の姿が魅力的に映るのだろう。
演じたのは、3000人参加のオーディションで選ばれた新人の林遣都(16)。ちょっぴり中田英寿的な孤高の天才役は手ごわかったと思うが、意志の強そうな眉(まゆ)ときりっとした目が役作りを助けてくれた。かつての野球ヒーローには、努力と根性が顔に染み込んだ星飛雄馬に代表される脂っこさがあった。林は透明感たっぷりのハンカチ王子に代表されるこの時代の天才像にピッタリはまっていた。
映画は、かたくなな心が解きほぐされていく過程を丁寧に追う。カギを握るのは、バッテリーという関係だ。目いっぱいのボールを投げたければ、受け止める相手を強く信じること。いろいろなことに応用できそうなメッセージが込められている。だれかとキャッチボールがしたくなる映画です。【松田秀彦】
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2007年03月11日
蜷川実花監督、上々初メガホン
「さくらん」(日)
ソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」と何度も重なった。フランシス・コッポラ監督の長女に対して、こちらの実花監督は、世界のニナガワ、演出家蜷川幸雄氏の長女だ。舞台はいずれも日本の江戸時代。王室と吉原では違いがあり過ぎるが、隔絶された世界に生きる女性を描いた点は同じだ。
S・コッポラ監督はドレスやお菓子、靴などに一流ブランドを使うなど細部にこだわったが、蜷川監督も負けていない。
赤、黒、青…。終始続く極彩色の鮮やかな世界に目を奪われる。花魁(おいらん)の着物から生け花まで安っぽく見えるものは1つもなく、華やかさにスキがない。吉原という記号は女の情念が渦巻く世界。だが、花魁きよ葉は悪態はつくしすそを乱してケリを入れる。自分に対して開放的な生きざまは、現代女性にも十分共感できる。
キャスティングも絶妙だ。きよ葉を演じる土屋の父は外国人。この世の物とは思えない極彩色の世界に無国籍な感じが妙にマッチする。また、花魁の背中が妙になまめかしい、ぬれ場のきめ細かい撮り方は女性監督ならでは。どこを切り取っても1枚の写真として絵になるほど、美しい場面の連続だ。幼いころ、江戸時代の春画や地獄絵図をぼろぼろになるまで繰り返し見ていたというエピソードにも納得がいく。
一方、吉原の入り口に飾られた金魚の水槽や部屋に置かれた金魚鉢。自由に泳げても外には出られず、水から上がれば死んでしまう。吉原の中でしか生きることを許されない花魁を象徴するモチーフの使い方にも奥行きを感じる。
天賦のセンスか、写真家として腕を磨いてきたからだろうか。初メガホンとは思えない。監督としてS・コッポラに引けを取らない上々のスタートを切った。【近藤由美子】
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