2007年01月27日
エンターテインメントな退屈
「それでもボクはやってない」(日)
「この映画を見た後に満員電車に乗れないぞ」という感想は、男ならば至極まっとうなのだが、実は方向違いだったりする。
痴漢をやってはいけませんという道徳映画ではないし、えん罪支援映画でもない。普通の生活を送っていた青年が、突然被告人になり、あらがいようのない流れ作業裁判にほんろうされるリアリティードラマ。ややこしい言い方をすると、2時間23分の長尺を感じさせない「エンターテインメントな退屈」だ。あくまでも「退屈なエンターテインメント」ではない。観客は男女を問わず泣き笑いしながら、ニッポンの司法制度の矛盾に怒りを覚える、という寸法。多分それが正しい見方。
セックス描写が話題の裁判劇「愛の流刑地」と、あまりに対照的だ。「愛ルケ」の法廷は、トヨエツ被告がハセキョー検事に「あなたは死にたくなるほど人を愛したことがありますか」と詰め寄る荒唐無稽(むけい)なSF(セックス・フィクション)だった。対して「それボク」の法廷は、男の右手と女のお尻の位置関係をセンチ単位で検証するSF(精密フィクション)。愛0%だ。知られざるドライさだ。どっちが大胆かといえば、後者が地味に大胆だ。
てなことを考えながら電車の中。映画のように怪しい人と間違われてはたまらない。手のやり場、体の置き場に困る。おっ高級そうな香水のにおいを漂わせてきれいなオネーサンが乗ってきたぞ。目のやり場どころか鼻のやり場にも困る。いっそ男性専用車両を作ってくれ~。とかく生き難くなった(痴漢以外の)男たちのノンフィクションな日常なのであった…という感想は方向違いと分かっているんだけどね。男とは狭量な生き物である。【高田博之】
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2007年01月20日
エクスタシー心中物語
「愛の流刑地」(日)
「殺してぇ」と言う。女が裸で。「首を絞めて」と要求する。あの最中にである。
そして、主人公・豊川悦司は実行する。本気で? まさか。しかし女は死んでしまった。
映画は、ここからスタートする。
パトカーが急行し、警察が家に乗り込み、全裸で死んだ女はさらし者になる。主人公は拘束され、警察・検察の厳しい取り調べの日々。
家族の目を盗み、肉体をむさぼり合ったW不倫の愛の暮らしは遠い過去となり、社会から遮断された罪人としての日々。泣きじゃくる娘との面会。新聞にも大きく報じられ、天国から地獄への暗転である。
「だから、気を付けましょう。ほんの不倫が地獄への道」と、作家・渡辺淳一は警告を発している? 無論、そうではない。
愛の深さ、性愛の高み。男に自分を殺させることにより、つまり殺人者にすることで、2人の愛を永遠の愛へと昇華させる。エクスタシー心中物語を描こうとしたのだろう。
ラストで主人公・トヨエツは残照の拘置所の中、「私は冬香に選ばれたのだ。懲役8年も、冬香と一緒なら、長くはない」と、満足気に独りごつ。
しかし。それって本当かいなぁと思う。男のロマン? いやぁ、妄想でしょ。あり得ないでしょ。「殺してぇ」と言われて、殺しちゃったら大失敗でしょ…。と最後まで、そんな気持ちが、ぬぐい去れなかった。「甘い誘惑・蜜(ミツ)の味。あとは地獄へまっしぐら」。つまり「罪と罰」の教訓話として見るなら一見の価値も。キャッチコピーに「2人の愛は法をも超えた」というような文句があったが、正直、それは少々、大げさな気もした。【馬場龍彦】
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2007年01月13日
ワケワカランケドタノシイ…
「悪夢探偵」(日)
ムフフなのだ。“生気がない活力”ぶりは天下一品。松田龍平が青白い顔して発する導入部の叫びだ。「ああ、いやだ、ああああ、いやだ、ああ、いやだ」。シリーズ化されたら後生に伝わる名文句になるぞ、きっと。
他人の悪夢に入り込むという、ちっともうらやましくない特殊技能を持つ悪夢探偵。エルム街で起きた難事件を金田一耕助が解明する趣。「ああいやだ」と頭を抱える姿は、髪をかきむしってフケをボロボロ落とす昭和の名探偵をほうふつさせる。松田龍平は不感症の平成における石坂浩二か。
ムフフフなのだ。ヒロインのナイスボディー刑事を演じるhitomi。眠ったら夢の中で殺されるという設定なので、パッチリお目目を見開いて、まばたきをしない。顔面アップが10分に1回。それなのに、パチパチ総数は推定10回以下。銀幕ヒロインまばたき回数史上最少かもしれない。見ているこっちの目が乾き、悪夢に引きずりこまれた気分。せりふは棒読みだし、キャリア組のエリート警部という設定はキャラ的に無理があると思うけどノープロブレム。hitomiの瞳が映画のキモだ。
ムフフフフなのだ。塚本晋也監督自身が演じる夢殺人事件の犯人の不気味さ。「演技力+演出力」の総合力は、巨匠イーストウッドに及ばないまでも、世界のキタノを超える。唯一無二の塚本ワールドを体現できるのは塚本しかいないということだ。
例えるなら「サイコスプラッターファンタジーアクション美脚エロチックワケワカランケドタノシイミステリー」。例えになってない? でも「犬神家の一族」も同じ形容ができませんか。好きな人は骨までハマり、嫌いな人は逃げ出したくなる極端な怪作。ムフフフフフ…。【高田博之】
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2007年01月06日
いい意味でフジテレビ印
「大奥」(日)
フジテレビのすごいところは、映画製作を「しょせんスペシャルドラマの延長」と完全に割り切っている点にある。「踊る大捜査線」しかり「海猿」しかり。テレビシリーズと同じスタッフで予算お高めの2時間版を作り「劇場版です」と胸を張る。映画のスケール感はないが、シリーズの勢いは保証する着地。こう割り切れずに、かつて何人のテレビ界のエースが畑違いの映画で失敗したことか。今作も、いい意味でフジテレビ印なのである。
「101回目のプロポーズ」や「ナースのお仕事」の林徹氏の初メガホン。スクリーンだというのに、ほとんどが顔のアップという21型テレビサイズな作り。猛烈な圧迫感はスケール感とはほど遠く「総製作費25億円」の注ぎ所が分からない。江戸の街並みに1億円、衣装に1億円と、足すほどに味が安っぽくなる粉末ジュースの世界観だが、アップ用に金をかけたというなら、肝の据わり方もすがすがしい。
第3シリーズ「華の乱」のマンガ路線を修正し、狭い水槽に生きる女たちの愚かさ、もの悲しさを正面から描いた。大奥史上最大のスキャンダル「絵島生島事件」を大胆な純愛物語に新解釈し、シリーズで初めて、滅ぶ美しさに焦点を当てた。
このテーマに仲間由紀恵の気品がよく合う。コメディーも大河ドラマもこなす若き大女優。唯一の死角と思われた「色気」をありありと見せてくれる。抵抗の果てに、生島(西島秀俊)に心をごっそり持っていかれた絵島の切なさがスクリーンからはみ出るようだ。初詣で何かを拝むより、27歳仲間由紀恵の美しさを拝む方がご利益がありそうな神々しさである。作品に欠けるパンチ力を「美しい」の一点で支える女優の奇跡を見てほしい。【梅田恵子】
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