2006年09月30日

涙そうそうとはいかず…

「涙そうそう」(日)

 そうそう、沖縄の空ってこんな色だっけなー。そうそう、ちっちゃいころお兄ちゃんと手ぇつないだこともあったっけ。そうそう、そんでケンカもいっぱいしたっけ。いろんな、そうそうがあったんだけど、タイトル本来の「涙がぽろぽろあふれてくる」って意味の、そうそうには遠く遠く。

 設定が血のつながらない兄妹とくれば、展開は予想がついちゃいます。モチーフは森山良子作詞の「涙そうそう」だし。始まった瞬間から、ハッピーな結末に進むわけないよという気にさせられるので、ブッキーの「なんくるないさ~」の笑顔も、まさみの鼻にかかった「にぃにぃ~」のかわいさも、気持ちよくさせてくれないんです。

 若干の不毛さをかかえてることもあって、涙そうそうとはいかずとも、救いになったのは2人の演技。予想以上に自然で、2人の関係じゃないけど、そりゃ入れないさ~、あの2人の間には、ってくらい突出してます。終わってみれば「なんくるないさ~」「にぃにぃ~」と、沖縄の風景だけが頭にこびりつきました。

 でもこれ、もしかしたら、舞台はどこでもよかったのかも。「深呼吸の必要」しかり「ニライカナイの手紙」しかり、沖縄映画(と言ってしまっていいのでしょうか)って、ほかの土地と違って、沖縄じゃなきゃいけない必然性が高いものが多いんですけどね。ってなわけで、沖縄に住みたくなる度も低かったりして。【小林千穂】

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2006年09月23日

“違う”サクセスストーリー

「フラガール」(日)

 ラストシーンの蒼井優の笑顔と涙が、目に焼き付いて離れない。かれんで、さわやかで、力強く、そして何より美しい。映画の成功の条件の1つは、見る者の心に残るシーンの有無。駅のホームで蒼井ら炭坑の娘が、松雪泰子が演じるフラダンス教師に手話を使って必死に感謝と愛情を伝えるシーンとともに、作品の成功を決定づけている。

 65年の福島県いわき市。閉山が迫る炭坑町で常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が誕生するまでの舞台裏を描く。当時は明治以来の古い価値観が一気に瓦解し、一方で高度経済成長のひずみが一気に噴出してきたころ。エネルギーは石炭から石油になり、夕張と福岡の炭坑では大事故が起きて60~200人を超える犠牲者が出た。スモッグが問題になり、ビートルズ来日が迫っていた。

 登場人物たちも時代の変化にほんろうされ、人生の岐路に立たされて途方に暮れる。その中でいち早く立ち上がったのが、最も弱い立場の若い女性たちだった。劇中で蒼井の兄を演じる豊川悦司が「女って強え~な~」とつぶやくが、強いのじゃなく、生き抜くために数少ない選択肢=フラダンスにすべてをかけるしかなかったのだ。その生へのひたむきさが、かたくなな周りの人々を少しずつ動かしていく。女優陣の熱演が、当時の人々の生々しい感情を見る者に伝えてくる。

 大筋はありがちなサクセスストーリーだが「ALWAYS 三丁目の夕日」とも「スウィングガールズ」とも明らかに違うことは、見てもらえば分かるはずだ。【近藤由美子】

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2006年09月16日

キャラメルをほおばる顔は…

「シュガー&スパイス~風味絶佳~」(日)

 キャラメルが食べたくなる。山田詠美さんの原作(注1)同様、重要な小道具は森永ミルクキャラメル。素朴な味の、レトロな黄色いパッケージのやつだ。

 2年前のカンヌ映画祭。タランティーノ審査委員長から「彼の顔が忘れられなかった」と激賞された無表情演技で、史上最年少14歳で最優秀主演男優賞(注2)を獲得した柳楽優弥。沢尻エリカ(カワユさサク裂)演じる年上女性との切ない恋愛の中で、彼がキャラメルを、どんな顔をしてほおばるかがポイントだ。

 主人公の祖母(夏木マリ=職人芸)が言う。「女の子はシュガー・アンド・スパイス。優しいだけじゃ、だめなのさ」(注3)。女らしからぬ? ハードボイルドな名言だが、映画はやや甘い。30ページ強のシンプル&ビターな原作をふくらませすぎた脚本と、柳楽の無表情が、スパイス不足の要因。もちろん、カンヌも認めた「目ヂカラ」は健在。時折見せる獣の目はただ者じゃない。でも大人への過程は、もっと表情豊かなはずなのだ。

 「一粒で2度おいしい」グリコアーモンド派から、ベーシックな森永ミルクキャラメル派に移行したのは高校時代だったろうか。シンプルだから何個でも食べられる。笑顔になる。思わずかんじゃう。食べすぎると虫歯になる。映画の中の少年は、キャラメルを最後までかまずになめて、その上歯磨きまでしていそうに見える。周りの大人は虫歯だらけなのに。

 それが、映画として成功か失敗かは、好みが分かれるところだろう。【高田博之】

注1=短編集「風味絶佳」。本の雑誌ベスト10で第1位。巻末の後書きまで絶品。
注2=映画「誰も知らない」。母親に捨てられた子供4人。柳楽は長男役。
注3=探偵フィリップ・マーロウの名言「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」と表裏一体。男女の視点の違いこそあれ。

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2006年09月09日

しっくりきた?こない?

「マイアミ・バイス」(米)

<男の視点> 監督の名前からしてマイケル・マン。男性臭MANマンな作品だ。「インサイダー」「ヒート」のマン監督は、硬派かつ映像重視。今回もボディーブロー連打の硬質映像で、ロープ際に詰め寄る-

<女の視点> 男の生きざまをどこまでも硬派に描くマン監督。お気楽女の私にはこれまで、息が詰まりそうな世界だった。ところが、今回は恋愛劇が巧みに織り込まれた。監督とは永遠に気が合わないと思っていたが、ようやく女性に歩み寄ってくれた気がした-


<男の視点>
 今回もボディーブロー連打の硬質映像で、ロープ際に詰め寄る。問題はフィニッシュ・ブローだ。レバー、レバーで敵(観客)のスタミナを奪いながらトドメもレバー。顔面パンチを繰り出さない。クライマックスは、十数分に及ぶ夜の銃撃戦。至近距離からのカメラワーク。格闘技のごときガンファイトは腹に響くが…。ハリウッド的ドンパチに慣らされた私には、明快なカタルシスが届かなかった。

 登場人物も同様。主役は子犬顔のコリン・ファレル。彼が演じる剛腕潜入捜査官と麻薬組織の女幹部(コン・リー)の愛の行方に、微妙な違和感を覚える。やり手熟女に転がされるマザコン顔刑事。男らしく、顔面パンチでケリをつけて欲しかった。派手なKO勝ちが娯楽作には必要だと思う。亀田の微妙な判定勝ち同様、しっくりこなかった。【高田博之】

<女の視点>
 詰めが甘い女好き捜査官を手玉に取る、リーの演技が痛快だ。実年齢でもファレルより10歳上だが、作中でもまるで赤子の手をひねるよう。ムンムンの色気とともに、硬派な男の世界を彩り、引き立たせるスパイスになっている。その存在感は、ハリウッド映画初挑戦ということをちっとも感じさせない。

 もちろん、リアルな物語、スタイリッシュな映像はまさにマン流。フェラーリをかっ飛ばしたり、「世界一のモヒートを飲みに行こう」とパワーボートでハバナまで行ってしまったり…、ふんだんに金を掛けた効果も出ている。

 男性は結果重視。女性は過程も楽しむ生き物。マン監督の進化形、予想以上にしっくりきた。【近藤由美子】

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2006年09月02日

構成力圧巻!これが韓国の実力

「グエムル-漢江の怪物-」(韓)

 韓流スターブームの次は韓流モンスターとは。ハリウッド流でも円谷型怪獣でもない、B級の新種である。ベタな恋愛ばかりが韓国映画じゃない。韓国映画の実力を、久しぶりに体感した。

 在韓米軍がソウルの大河、漢江(ハンガン)にポイ捨てした怪しい薬品がもとで魚が突然変異した。国会議事堂を踏みつぶす大きさではなく、人間を丸飲みするサイズのバケモノが全速力で襲ってくるから怖い。

 このグエムルが、何をしたいのか、強いのか弱いのかさっぱり分からないのがポイントだ。ド頭から凄惨な襲撃シーンで悪役を印象付けるが、一方ですっ転んだり、驚いて逃げたりとかなり子供っぽい。ゲラゲラ笑っていると、主要登場人物の頭を一撃でカチ割り「笑ってんじゃねえ」とばかりにツッこんでくる。水爆実験で生まれたゴジラのように、1つの教訓を引きずっていない自由さが、主人公を襲うさまざまな“敵”を際立たせている。

 グエムルに娘をさらわれた一家が団結して救出に向かう。賢く孤軍奮闘する娘に比べ、父親は何をやっても失敗するダメ親父で、家族も合同葬儀の場で号泣しながら跳び蹴りを始めるバカレベル。終盤で大変身を遂げるでもなく、最後は家族が絆を取り戻す、こともない。「なんでこうなるの」というずっこけポイントの連続なのだが、単細胞男の一直線な叫びは、どんな偉人の名言よりも泣けた。

 大作なのかB級なのか、コメディーなのかシリアスなのかも分からないブラックな世界。それでも、観終われば、本当の敵は誰で、本当に大切なものは何なのかが不思議と胸に落ちる。支離滅裂に終わらない構成力が圧巻だ。“韓国のスピルバーグ”(ポン・ジュノ監督)の看板に偽りなし。スクリーンにツッコミながら、自分のオチを探してほしい。【梅田恵子】

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