2006年08月12日
祈りに似た緊張感
「紙屋悦子の青春」(日)
銃後の人々を描いてきた黒木和雄監督の遺作だ。
携帯電話に消せない番号が残っている。そう、監督のもの。4月に亡くなった後も何となくそのままになっている。センチメンタルに言えば、まだつながるような気がするってところだろうか。
監督がこう言ったことがある。「生き残った者の使命として、伝えなければならないことがある」と。監督は青春時代をまさに銃後の中で過ごした。戦場じゃなくても、戦争はそこここにあった。友人を空襲で失った。被ばくした友人が、年を取ってがんにおかされた。生き残った監督も、作品で賞を取っても後ろめたい気持ちになるのだと話していた。穏やかでポツポツと話す語り口だったが、その内側には激情があった。
監督の番号をじいっと見ていると、生きている者に託されたような気になる。使命感とか、そんな志の高いものではなく、とにかく作品を見ることしかできないんだけど、戦争って何なんだと考えることだけでもいいんじゃないか、と。
今作は鹿児島の田舎町を舞台にしている。ドンパチも、空襲もない。物語も会話も静かに進むが、見る者に何か緊張を感じさせる。祈りに似たようなものだ。登場人物に対し「この人が悲しい思いをしませんように」「思いがけず愛する人を失いませんように」。見終わって緊張が解け、そんな気持ちを感じ続けていたことに気付いて、確実に戦争があの田舎町にもあったことを知る。
紙屋悦子(原田知世)が感情をあらわにするのは、たった1度。たった1度だからこそ、思いの深さが響いてくる。黒木監督の内側にあった激情の発露のようにも感じた。【小林千穂】
(このコラムの更新は毎週土曜日です)
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